2019年10月25日

「浜町(はまちょう)」駅から「りんご園」駅に行く夢

家族旅行に行く夢。

夢は電車内に居る所から始まる。
満員な鈍行列車っぽい車内。
車両の端がシルバーシートになっていることが多いが、
その車両の端に家族4人がぎゅうぎゅう詰めで座っている。
車両の端側から姉、父、私、母の順。
姉が居る方向が進行方向だ。

この列車に乗る前にどこかで昼飯をかきこんでから乗車。
夢のシーンはその後、満員だった列車内でウトウト居眠りして、
目を覚ましたら、既に人が少なくなった車内にいるとこから始まる。

目を覚ました頃に、それまでのことを思い出している。
家らしきところから出発し(実際には住んだこともないような一軒家?)
父が運転した乗用車で駅まで行き駐車場に止めた。
(この駅も、見たことない駅)
数日の旅行だろうから、そこに何日か止めておくのだろう。
駐車料金がいくらかかるんだろう…などと考えている。
夢の中で駐車料金代は、父が持つのだという前提になっている。

この時、4人とも居眠りをしていたが、
私が起きた頃に、皆が目を覚まし始める。
起きてすぐこの駅がどこか?背中越しの外表示で確認。
「浜町(はまちょう)」と書かれた駅名を見る。

車内には、地元の高校生らしき子達も乗っているらしい。
けっこう田舎の方なのか…都会ではない。
千葉とか東京近郊だが、ローカル路線っぽい。

起きた姉は、何かお菓子みたいなモノを食べてる。
私がアネロのリュックを母の背中部分から引き出してると、
父も口さびしいのか、私がリュックをゴソゴソしているのを見ている。
私は、リュックからガラケーを出している。
父は食べ物が出てこないことがわかって諦めてる。

目的地まであとどのくらいかガラケーで検索する。
(現実はガラケーは既に使っていない)
現在位置浜町、目的地りんご園駅で検索すると、
あと一駅で20分程度らしい。
(1駅に20分もかかるとこからみるとかなりローカル路線)

電車に乗ったのは昼頃だから、目的地まで2時間位で着くことになる。
2時過ぎ(14:10位)くらいに「りんご園」駅着。

私はぼんやりと「まだ、宿が決まってないよな」と心配に思っている。

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夢の中では、既に亡くなった父が登場している。
そして、家族旅行なのに弟が出てこない。
自分の年齢もわからず、姉の年齢も不明。
ただ、大人になっていることだけは確かだ。
また、母も登場するが、父母ともにその時の年齢がわからない。
我が家は、私が18才の時に父母が離婚している。
だが、姉の子たちなどを伴って家族全員揃って旅行というのは現実にあった。
しかし、姉の子ども達も同伴せず、父母と姉妹で旅行することはあり得ない。

父がしっかりと車を運転できているとすると、
リアルであれば、50〜60歳代だと想像できる。

この旅行の主導者は父らしい。
自動車に乗っているシーンは出てこないが、
駐車料金を気にしていることで、父のお金のこと?
または、お金がかかることをさせていることに気にかけているとわかる。
その反面、父に頼れると安堵しているところもある。

この夢に出てくる母は、まるで顔の無い人だ。
「居る」というだけで、存在感が無い。
現実では、家族の中で存在感がありすぎる人だけに異色な夢となっている。

姉もただ居る感じだが、「一人で何かを食べている」
というのが何かの象徴な気がする。
つまり、誰にも分け与えていないところだ。

現にこの夢の中では、父が口さびしくしている。
だが、姉にそれをねだることもせず、私がごそごそしていることで、
食料が出てくるかもしれないと期待している。
実際には、父は姉にも私にも口さびしいとは言っていない。

父が居た頃の現実では、私が父の金銭管理をしていたので、
その関係性が出ているような気もする。

ガラケーで検索というのも過去の時間を示しているのか…
私がこれからの行方を検索しているところも、
原家族の色んな公的雑務を私が一手に引き受けているので、
なんとなく現実を象徴しているように思う。

奇しくもこの夢を見た次の日は父の誕生日となる。
posted by メイ・シオン at 01:54 | Comment(1) | 夢のお告げ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月07日

亡くなった叔母が誰も寝ていない布団の傍らにいる夢

夢続きの日々がまた最近続いている。

誰の家だかわからないが、その日はその家に滞在しなければならないらしい。
何か家族が関わる用事の合間らしい。

6月に見た夢と間取りが似ている。

その続きなのか…?

片づけをしながら、掃除をしているのか…何かしらその家の用事を済ませている。
夢の画面では手前になる6畳の部屋に布団が敷いてある。
部屋に対して斜めに敷いているのも気になる。

その布団の傍らに、亡くなった叔母が座っている。
叔母は40代という若さで亡くなった。
母方の叔父のお嫁さんである。

私はこの叔母にとても恩義を感じているが、
つい先日、母の家を掃除していてこの叔母の写真が飾られていることに気づいた。
その時、ああ、叔母はどうしているだろうか…などと思い出していた。

夢の中の叔母は、何かアドバイス的なことをしにきたようだった。
しかし、夢の中で、私は叔母がすでに亡くなっていることを知っているし、
これは夢だとも思っている。

この夢の中では、叔母は何かのアドバイスの使者のようだ。
何を言いたかったのか、また、言っていたのかは覚えていない。
(これ、いつものパターン。現実にはいつも持って帰れない)

叔母以外に、誰か出てきた記憶があるが…誰だか思い出せない。
(たぶんそれも死者)

この夢の画像は、やや暗いかもしれない。
夢の中の途中のシーンで、ストーリーは続いていたはずである。
何かが一段落して、私はこの家にやってきたというストーリーなはず。

だが、前後は既に覚えていない。

布団が用意されていたのは何故か?
そこに誰かを寝かせる準備なのか…
とすると病人か?遺体か?

生活することを前提に片付けをしているので、病人かもしれない。
posted by メイ・シオン at 01:24 | Comment(0) | 夢のお告げ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

左手薬指を失っている夢

左手薬指が切断されている夢を見た。

どんなシーンだったか夢の前後は思い出せない。
自分の左手の薬指が第二関節の下の部分、基節骨途中から切断されている。
指は随分前に失っており傷口は完全に閉じている。

それを見ながら、
<あれ〜指無いじゃん。いつの間に…>
と思いながら、
<これでも指輪ってできるもんかな?>
などと思っているという夢。

夢の中で感情的には、特に慌てる様子もなく、画面も暗くもない。
日常の中で起きたヒトコマのような夢。

夢判断でみると、配偶者や恋人との関係などが出てくる。
切断は、イメージ通り別離などを表すとか。

ずいぶん前に切断された形跡というのは、どういう判断なのだろうか?

む〜ん、夢だからわからないけれど、何かの示唆か誘導か?
先日、友人と天使や悪魔の誘導の話題をしたばかりだから、
そこに捉われるのは、誘導されかねないなと。

記録としてとどめておこう。
posted by メイ・シオン at 00:40 | Comment(0) | 夢のお告げ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月26日

母の引越先の整理をする夢

こちらには久々のカキコミです。

ここのところまた夢が多くなっていて、
気づくと泣いていたりすることも。

目疲れのせいか、目の際がガビカビになっているのです。
知らぬ間に涙が出ているとも思われ…

母が引っ越したという設定で、その荷物整理をしている夢を見ました。

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とっくの昔に引払った祖母の家と同じ間取りの団地にいる。
この間取りは、父が住んでいた所と同じ間取りだ。
その場所は、母が最近越したという場所ということになっている。

この夢では、既に誰も住んでない祖母の家に母が越してきたということになっている。

四畳半の部屋を見ると左奥に仏壇、右側に見覚えのある古いタンス。
タンスの手前に何か家具が置いてある。
その家具のせいでタンスは引き出せないだろうに…
二重に荷物が配置されていることに違和感を持つ。
それに、この家具の配置、どこか父の家に似ている。

その左側の押入といくつかの押入には、祖母か伯母のモノが入りっぱなしということらしい。
祖母は伯母と住んでいたので、モノは伯母のものかもしれない。

6畳のベランダ側の壁を見ると、高さ170cm、横幅45cmくらいの本棚がある。
一番上の棚は、本が入っていない。
まだ空きスペースがあるのだな…と思っている。
その家具の手前にも、二重に家具が置かれている。
棚のようなものだがよくわからない。
とにかく、何でも家具の前に家具のような配置で二重にされている。

ベランダの外はとても暗い。夜なのかもしれない。
部屋の様子もぼんやりと暗い感じだ。

母、本人がいないのはどうしてか?まだ施設にいるからなのか?
母本人にも、どう荷物整理するか聞かないと…どこに何を置くとか…

さて、どのような整理が必要なのかな…と思いながら、
祖母の荷物や伯母の荷物を先にどうにか整理しないと…と思い巡らせている。
と…はて?祖母も伯母もとっくに死んでいる。
遺品整理の最後の後片付けも全て千葉の叔母がやったではないか?
千葉の叔母のとこに取っておく遺品はあるのじゃないか?

ということは、押し入れに入っているものは何?
というか、ここは既に引払った家じゃないの?

夢あるあるだ。
時間とかが滅茶苦茶なことになっている。
変だ…これって夢じゃん…

ここで夢は終わっている。
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暗い夢は時々ある。
なんとも画面全体が薄暗いのだ。
よく、漫画で描写に使われるが、過去の回想シーンだと、
コマ割りのバックを黒くしたりする。
なんとなくそういう手法に似ているような暗さだ。

そして、家の間取りが出てくることもしばしば。
見慣れているからだろうか…家の家具の配置が変(二重)なのは気になる。

実際の母は、2018年7月に脳梗塞を患い、今施設に入所中。
来月の7月に自分の家に戻る。
脳梗塞の後遺症から、視野狭窄と注意障害がある。
後遺症としてはとても軽度だが、買い物や外出など一人では不安だ。
そのため独居が困難で、デイサービスやヘルパーを利用し、
毎日、誰かしらが見張れるような状況を作るため、
今は、その準備期間中である。

家に帰ることと、夢の引越はリンクしているようにも見える。
戻った家での生活の困難さを心配する私が投影されているのだろうか…?

「二重に配置される変な家具を整理しないと…」
なんかこれに象徴されている気もする。





posted by メイ・シオン at 00:53 | Comment(0) | 夢のお告げ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月10日

新しい職場初日で八方塞がり

庶務か総務課か…? 新しい職場に行っている。

年度初めなのか新入社員が12人位いて、うち半分くらいは毎年辞めるよね…と話している。
なぜか昔の会社の先輩がいて、私ともう一人顔見知りの同僚をランチに誘ってくれる。

その後、別の先輩Kさんが私をランチに誘ってくれて、私はなぜか「はい」と応じてしまう。
その先輩Kさんは少し怖かったからかなぁ…
それで断れなかったのと、古株で私しか誘う人がもういないんだと思ったから。

職場のビルに入っているテナントの和風パスタ屋に行き席に着くが、
先に約束した先輩の所にお茶だけご一緒させていただく旨を伝えてくると言って、その場を退席する。

しかし、私は何故か店の違う席で全く知らない人、
子どもと子どもの間に相席させてもらいその子たちが頼んだものをつまみ食いさせてもらっている。
数分して元の席を見に行くと既に先輩Kさんはいなくて…
私は困って、先に誘ってくれた先輩のとこに、とにかく連絡して謝らないと…と店を出る。

ビルの作りが良くわからない…
ビルの屋上に行くと、ミニバスが出ていた。
どうしてかわからないけれど、そのバスに乗って先に誘ってくれた先輩のいるはずの店に向かう。

たしかあの店だよなぁ?

ところが途中でこの車は、そこまで行かない、むしろ逆方向だと知る。
ミニバスの運転手が途中で降ろしてくれて、親切にも別の運転手と交代してタクシーを探してくれている。

バスの料金を払おうとするがなぜか1万円札しかない。
お金を崩すからと降りた後、コンビニか両替所で両替している。

外の天気は寒くて、雨が降り始めた。
行きたい方向のタクシーがつかまらない…

時計を見ると昼休憩の時間が過ぎて…焦る。
職場に電話しないと…けれどスマホに電話番号が入っていない。
時間だけが刻々と過ぎる…八方塞がり。

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そんな夢だった。

ここ近年の私のことなのか…
「時間だけが刻々と過ぎる…八方塞がり」
posted by メイ・シオン at 15:08 | Comment(0) | 夢のお告げ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月17日

イヤな出来事にマヒしているのか?

いやな出来事にはマヒが一番なのか?

年末年始、誕生日付近は鬼門です。
イヤな出来事が続くことが多いです。

今日もそんな日でしたが…ここのとこ面白いことが起こっています。

イヤな「氣」にのまれないこと。

なんでしょうね、すごく平常心なのです。

面倒な出来事で疲れはしますが、それでものすごくダウンするかというとそうならない。

遠巻きに観察しているかのよう。


これが本当に良いことか悪いことかはわかりませんけれど。
とりあえず痛まないことが何より。


年末は忙しくて本当に嫌いです。
posted by メイ・シオン at 01:30 | Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月14日

「ダライ・ラマ14世」ドキュメンタリー映画で『教育』を考える

先週の七夕の日、「ダライ・ラマ14世」の映画に行った。
曙橋から数分、関東で唯一のチベット人シェフによるチベットレストラン「タシデレ」での自主上映。
https://www.facebook.com/pg/tashidelektokyo/reviews/

こちらでは、盛んにイベントが行われているようで、レストランを通してチベットを伝える役割を担っているようだ。
上映前に、チャイと甘い炊き込みご飯(たぶんダシール)が振る舞われた。
ダシールは、隣にいた女性の話では、お祝い時などに振る舞われる日本の赤飯のようなものよう。
七夕前日は、法王83才の誕生日でもあった。

このブログでは、何度か法王に関する記事を書いている。

ダライ・ラマ講演へ(その1)(2006年11月10日)
http://maysion.seesaa.net/article/27257595.html

ダライ・ラマ講演へ(その2)
http://maysion.seesaa.net/article/27265890.html

ダライ・ラマ講演へ(その3)
http://maysion.seesaa.net/article/27428422.html

ダライ・ラマ講演へ(その4)
http://maysion.seesaa.net/article/27429415.html

ダライ・ラマ講演へ(その5)最終回
http://maysion.seesaa.net/article/27489884.html

ダライ・ラマ記者会見で思ったこと(2008年04月11日)
http://maysion.seesaa.net/article/93155479.html

チベット問題で思ったこと(2008年04月12日)
http://maysion.seesaa.net/article/93163862.html

チベット問題の憂い(2008年04月13日)
http://maysion.seesaa.net/article/93274731.html


先日、オウム事件での死刑が執行されたが、法王との出会いは、オウム事件があった頃に来日出演したニュース番組だ。
その時の印象は、今でも鮮明に覚えている。
ニコニコとした表情がとてもチャーミングなおじさん。
のしのしと歩き出てきた姿に、TV画面を通して何とも凄いオーラを感じた。
直感的に「あ〜この人は本物なんだ」と思った。
それから、私にとって唯一無二「尊敬」という言葉で表現する人物となった。
簡単にいうとただのファンだけれど…(笑)

今回の映画で思ったことを改めて記しておこうと、過去のブログを見返して気づいたことがある。
今回の映画でも感じ、過去のブログにも共通していること。
それは「教育」というテーマ。

映画では、日本の若者とチベット人の若者との対比がある。
ダラムサラのチベット・チルドレン・ヴィレッジで、多くの子ども達に質問に答えてもらうシーンでは、
皆、口々に「勉強は楽しい好き」という。

日本の若者に「勉強は好きか」と聞くとほとんどが「嫌い」と答える。
なぜ勉強するか?の問いに、良い大学出て、良いとこに就職して、高い給料を得て…
といったお決まりの答えが返ってくる。
東大前では「勉強は楽しい、知識欲を満たすため…」という答えもあったが…

「勉強」「知識」という概念が、日本では生きるための知識を得ることとは繋がっていない。
義務教育でつまらない授業を受け、テスト等の評価によってくじかれているからだ。
テストの評価が良い、イコール賢いではないのに…

一方でチベットの子ども達は、一様に自由に学べること、知識を身に付けられることに喜びを感じている。
これは、学校が整備されていないアフリカの子ども達が、すり減るように同じ本を大切に読み続けているのと共通する。
教育が受けられる、自由に知識が得られるというありがたさが、身に染みてわかっているのだ。
そういう子どもたちは、知識を得た先に開かれた希望を持っている。
先生になりたい(先生になって多くの子ども達に知識を身につけてもらいたい…私のように)
医者になりたい(医者になって多くの命を救いたい)
日本の子ども達のような漠然としたものではなく、大抵がこのような明確な答えを持っている。

日本の若者から出てくる言葉には、先の希望を持てない閉塞感がある。
チベット人と比べると、平和で何一つ不自由のない暮らしであるのだが…

「教育」とは、なんだろう?
日本の人たちは、それを考えることはあるだろうか?
学校での勉強以外に躾とか、道徳観とか、そういう答えが返ってくるかもしれない。

チベット人は、国を追われた人たちだ。
国が無いとはどういうことか?
家を持たない根無し草のようなもの。
家とは、ただの建物ではなく、人が何かしらのルールと文化を持ち、
それを拠り所にして生きる暮らしそのもののことではないだろうか。

チベット人たらしめるものとは何か?
仏教という信仰であり、その文化によって支えられてきた生き方そのものである。

人は、自分が何者か? と問うた時に、普段は意識することないアイデンティティによって支えられている。
アイデンティティとは、こんな価値観を持っていて、こんな時、こんな言葉を使い、こんな振る舞いをする。
「自分」という生きものは「こういう人」と無意識の定義があって、それが、昨日、今日、明日と変わらないことだ。
教育とは、アイデンティティに支えられ、人としての「自分」を育むためのものだと私は考えている。

怖ろしいのは、この「教育」は、人をいかようにもしてしまうことだ。
小さな頃に誘拐され、年端のいかない兵士として教育されてしまえば平気で人を殺す。

戦時中の日本でも、それに似た教育が成され、米兵は、鬼畜だと本当に思わされていたのだ。
今の日本はどうだろう?
戦時中のような洗脳教育は成されていないと安心していないだろうか?

国家は、平気でウソをつくのは、震災での原発問題の対応をみれば明白だ。
集団を束ねる時、ルールを徹底させる教育が成される。
日本の場合、今でも「考えさせない」教育が行われていると感じる。
考える能力を伸ばすと統制が取れなくなるからだ。
それを実感している人がどのくらいいるんだろうか…


私が「考えさせない教育」に気づいたのは、たかだか15年位前だった。
あるスクールに通っていた時、その勉強をする目的できている他の人が、
自分でそれに関する本や概要の一つも調べずに授業に臨んでいたことがきっかけだった。

受け身で与えられるのを待っている状態。

この私にとって不思議な感覚は、自分が先生業を始めてから、どうしてそういう人が多いのか?
その理由が明確になった。

日本人は、戦争中も戦後も、与えられ自ら考えることをしない教育に毒されていると。
テストでは、一つの答えしか導き出さない。
それに沿っていなければ丸がもらえない。
思考する能力を育まれない教育法だったからだ。

道徳の授業でも、善き事、悪しき事の二元論で結果から語られ、そこに至る経過についての洞察は行われない。
だから、深く考える力も身につかない。

しかも、教育者でさえ、その不可思議さに気づいていないのだから、洗脳がどれだけ深いかがわかる。



私が小学生の時、「一日一善」をスローガンに善いことをした日記をつけさせられた。
子ども達は、考える能力がないので、下駄箱にある友人の靴を出してあげることを毎日のように続けた。
すると、先生は「それは善い行いではない」とだけ告げた。
それ以降、どんな善行を記録したのか記憶がない。

健康情報でも同じで、TVでバナナが良いと言われればスーパーで売り切れる。
そこには、どうして良いのか?どんな成分がどのように働くからなのか?
という問いすら生まれない。


日本では専門書が売れずにハウツー本ばかりが売れるのは、こういう教育の背景が潜んでいるからだとも思う。
ハウツーとは、自分の頭で考えず、表面的に"できる"、結果として合っていれば良いのだ。
だから皆、悩んだとき、どうすれば良いのかという「解(方法)」ばかり求める。

日本の教育は、統制しやすい人間を作るため、考えるクセを放棄した、
バカを量産するものだと言って過言でないと実感している。

それは、生き方そのものに関わってくるものなのに…
誰かに解を委ね、それに従うだけはとても楽ちんだ。
しかし、その解が間違っていたら?
自分の命に関わることの解さえも、他人に委ねているとしたら?
命を取られても何もいえない。



映画の中では、日本の街頭でダライ・ラマへの質問を募りそれに答えてもらうシーンがある。
時にユーモアたっぷりに、時に真剣にその一問一答があった。

法王は、時折「I don't know(私にはわかりません)」と答えることがある。
自分の頭で考えるべき問いであると。
posted by メイ・シオン at 04:04 | Comment(0) | カウンセリング&セラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月29日

頭の上だけ熱がある

風邪がすっきりしない。
昨日も用事があって出かけたが、寒いだけで頭痛もする。
そして、耳温計で測ると37.5くらいある。

昔、猫が死んだとき、ストレスでやっぱりこういうのが続いたことがあったなぁ…
首より上だけが熱があるのだ。

そのとき医者に行ったが不明熱かも?とかで、治らなかった。
1か月以上続いて、突然寒気がして39℃くらいに熱が上がって、
救急に行って…その後、終息したっけ。

何かがずっと身体の奥にくすぶっているんだろう。
このはっきりしない感じが一番面倒。
posted by メイ・シオン at 01:44 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

毎年憂鬱な日

毎年、憂うつなこととは何だろう…
師走の大掃除時期、花火大会の日、盆踊りの日、正月、そして誕生日。

宇宙人がマイナスオーラを振り撒くから。
人々が楽しいことに興じていると、
「何が楽しいんだ」と言う。

花見時期もそうだな…
駅前である盆踊りでは、「うるさいって言ってきたらダメなのかな…」とか。
調布の花火大会がある日を「雨が降ればいいのに」とか。
その当日になると、うるさいだの迷惑だの、
自分を中心に世界が回っているとでもいうのか。

ひねくれ者、スネ夫だよね。
誰かが幸せに楽しんでいるのが妬ましいのだろうか。
自分の幸せを感じ取ろうとしないだけなのに。

自分の誕生日は、正月と相まって何一つ祝われた記憶がないから、
誕生日というだけで、「年取っておもしろいか」と言う。

誕生日とは、一年奇跡的な生存を果たした祝いだということを良かったと祝福するのだとわかっていない。
生きていることが当たり前だと思っているんだろう。
持病も無く、数字上は健康だから、それがわからないのだ。

私の誕生日になるとこの「誕生日が嬉しいか?」だけでなく、
メールなどでおめでとうメールがあるのを見つけると(PC画面に)、
「おめでたいか?」などと言う。
送られてきたプレゼントに対しても「そんなの嬉しいのか?」と言うし…

また、始まったかと…今日は無視して、「仕事の講座出欠連絡だから…」と返したが、
よくよく考えたら、人の誕生日にケチをつける方がおかしな人間だろう。
これは明白だと思う。
そして、自分の価値観を他人に強要するのは、もっとおかしい。

「ああ、誕生日なんてない方がいいよね〜つまらないよね、年なんかとりたくないよね」
とでも返事すれば気が済むのか?

何を望んでいるんだろう?
さっぱりわからない。

家では、嫌味を言われることがあっても何も祝われない。
他人からは、たくさんのメッセージをいただく。
この落差はなんだろうか。

祝ってくれなくても別に構わないけれど、
ケチをつけて絡むのはやめてほしい。
もう、そういうくだらないことは辟易なんだ。

だから、誕生日の過ごし方、花火大会の日の過ごし方とかを、
これから考えた方がいいなぁ…と思った。

その日は、一日外出している方が精神衛生上良いかもしれない。
来年から実行しよう。
posted by メイ・シオン at 01:34 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月24日

2017.12.23 渋谷La.mama

IMG_20171223_175203.jpg
彼女の想いを一緒に見届けてきた。
やっぱり泣いた。
ほんとは一緒に見てあげれば良かった。

HYSTERIC SUZIES
メンバーのみなさまステキなライブを、
本当にありがとう。
心に沁みました。

posted by メイ・シオン at 01:54 | Comment(0) | D.Bowie&music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする