2006/6/9のブログの続きです。
私は、自分が悪魔だった、いえ『自分も悪魔だった』と気づいてから、自分自身を見失いました。
アイデンティティの喪失です。
自分が何者であるか?というのが分からなくなると、そこから動けなくなります。
今まで、自分を人間だと思っていたのに、鏡を見たらなめくじだった。そんな衝撃です。
さて、話が大きく膨らみすぎてしまったので、元に戻しましょう。
私は、自分も悪魔であると気づいてから、それでは、なぜ周りの人を悪魔だと感じたのか?という問いが出てきました。
そして、一つのことにたどり着きました。
『人は、自分と違うものを排除したがる』ということです。
これは、生き物の免疫機構に似ています。外部からの侵入者(違うもの)は、敵と見なして攻撃するのです。
人の行動で言うと、自分が正しいと思っていることを否定されると、とても気分が悪くなります。
そして、その相手を悪者にして色んな事をします。
どうにかして、その相手をやっつけるためにです。
なぜそうするか?それは自分が正しいと思っていることを否定しないため、もっと言えば自分を否定せず、肯定したいためです。
そうやって、自分というものを型取っている価値観を守ろうとします。
自分を支えているのは、生まれてから学び育ててきた価値観です。
その価値観が、揺らぐ時、今までの自分が壊れてしまうかもしれない恐れから、とても気分が悪くなるのです。
では、その価値観とは何でしょう?
簡単なところでは『私は人間である』とか『私は男である』というようなものです。
例えば「おまえは、女の腐ったようなやつだ」と言われた男性は、気分を悪くするでしょう。
もっと詳しく言うと『私は成績が優秀だ』という価値観があるとします。
もし、自分より成績が優秀な人が現れると、今までの自分が壊れてしまいます。
そうすると、その価値観を守るために、何が何でもその人を蹴落とそうとするのです。
価値観とは、自分の中の行動や考えを測る一つのモノサシに過ぎません。
しかし、価値観にがんじがらめになると『成績が優秀でなければ自分ではない』ということに陥り、型(価値観)によってしか自分を測れなくなってしまうのです。
つづく



