2009年09月30日

今日のいいまつがい

私は胃腸が弱い。
出掛けの腹痛には特に悩まされる。
この間、出かける前になって腹痛で3度もトイレに閉じこもる事に…
約束の時間には間に合わず、途中下車の新宿でもトイレに駆け込んだ。
その後、命からがら薬局にかけこみ、職場の同僚に勧められた『ストッパ下痢止』を手に入れ、道々口に押し込んだ。
おかげでどうにか効いたようで治まってくれた。
今日『ストッパ下痢止』を勧めてくれた同僚にそのことを話そうと切り出した。
「この間、お腹壊して酷い目にあって、出先で買ってスゴイ効いたよ〜ゲリッパ…」

腹痛にゲリッパ 腸まで出そうだ…
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2009年09月29日

土日だけ収監されない犯罪者

夫が逮捕された夢を見た。
出てくる場所は東南アジアっぽい。
外で夫に合うと逮捕されて収監されているという。
「じゃあ何で今ここにいるの?」と聞くと、
土日は家に帰れるらしい…
なんじゃそりゃ!
「じゃあ次に会うのも土日だね」とか会話をしている。
空は晴れていて何故か虹っぽいものが出ている。
キレイだなぁ…などと呑気なことを思っている。
逮捕されているのがショックなんだけれど、
土日に出てくるから まいっか…
みたいなことになっている。
どういう夢だ?
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2009年09月27日

天国は砂場の屋根の上に…?

ここの所、夢のお話をたて続きに書いているので、昔の面白い夢を書こうと思う。
10才位の夢だったと思う。
私は当時、仲良しだったヒロミという子と遊んでいる。
二人でふざけて廃墟にある古びた黒い冷蔵庫に入ってしまうと、ガタンと鍵のようなものがかかり、中から出られなくなってしまった。
体育座りをしてぴったりはまる位の場所で、中は真っ暗で何も見えない。
たしか「開けて!!開けて!!」とドアをバンバン叩いていた。
しかし、その願いも空しく、そのうち意識が遠くなってしまう。。。
ふと見ると緑の草原にいる。空は明るく晴れていてとても気持ちの良いところだ。
丘の向こうに人がいる気配がある。どうやら誰かを呼んでいるらしい。
私はヒロミと(この時点ではたぶんその友人…)ともに、呼ばれているそこに向おうとする。
すると、他にも子どもが現れて、皆一斉にものスゴイ高さにジャンプしながらぴょんぴょんと飛んで丘へ向っている。
私と友人はキョトンとしながらも、他の子に促されるままに、飛び上がると、凄い高さまでジャンプすることができた。
そしてまた地面に足を着くと、また飛び上がるというようにして、丘の向こうにいる人の集合地点に着くのだった。
集合地点には子どもらしき人がいっぱいいて、呼んでいたのは一人の大人だった。
どうやらこれが先生らしい。だが、何の先生だ?
次の瞬間、その先生が黄泉の国への引率をする先生だとわかった。
その大人は、私たちをあちらへと誘ってくれる先生役だったのだ。
その丘の場面が消えると、次にいたのは家の近くの公園だった。
私たちは当時、その公園で良く遊んだ。
砂場の上には木で格子状に組んだ屋根があって、そこにツタ状の植物が絡んで自然の日よけ屋根になっていた。
屋根は2.5m位上にあって、子どもの力ではなかなかその屋根に上れないのだが、柱づたいに登って不安定な天井で遊んだ事もある。
公園の場面の夢では、その砂場の上の屋根までジャンプして登らなければいけない。
そこにいる子ども達は皆、一生懸命ジャンプするのだが全く届かない。
さっきまであんなに高く飛べていたのに、ここにきたら人間同様になってしまった。
ジャンプして屋根の上に行かないとあの世には行けないのだ。
先生が「頑張って、もっと高く!もっと高く!」というように、飛び方の指導をしていたような気がする。
必死でジャンプするのだが手が届かない。何度も何度も飛び上がるけれど全然だめだ。
もうちょっと…もうちょっと、高く飛べばいいんだ…
そうしている間に夢は終わってしまった。

現実の世界とあちらの世界は、ある次元で繋がっているように思う。
次元の重なるところがあるので、現実世界と同じものが見えてはいるが、同じ条件で触れたりすることはできない。
この夢は、そんなことを示唆しているように思えた夢だった。
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2009年09月26日

地震予知隊への質問

仕事帰りの電車内で友人から携帯メールが入りました。
近日中に関東圏で大地震が起きるという噂があると…
それで地震予知隊の私に「何か予知はきてますか〜?」というメールでした。
ここ最近は、取り立てて何も起こらずなので、そのような返信をしました。
が、メールが入る直前、電車に乗った瞬間に、電車がふわっと上下に揺れ「うわ〜っ!嫌なかんじ…これは地震速報じゃないよな…?」などと考えていたところなので、ある意味このメールの前触れだったのか?とも。
電車はガタガタの振動を押えるために、クッション性を設けているワケで、このふわっとする感じはそのクッションのせいです。
だから地震の知らせとは異質なものなはずです。
でも、これによって地震を想起したというのは、やはり違う意味で知らせだったのでしょうかね。
それから、四川大地震の話題も出てきたので、自分のブログで四川の時の前後で、お知らせがきていたのか調べてみました。
するとその4日前に、茨城県沖の震源で東京でも震度3程度を感じる地震が4回きていました。
この時は、揺れる数時間前にお知らせの揺れを感じたので、けっこう泡くっていたブログになっていました。
それなので、私が拾ったお知らせは、四川の地震とは関連していなかったように思います。
こうやって過去をすぐにたどれるのを考えると、ブログってとても便利です。
こういう噂でいつも思うことがあります。
地震などの噂はどこから流れてくるのかわからないのですが、噂を流す事によって、それを阻止する方向に働かせようとする動きがあるように感じます。
今回の場合もその一つではないかと…?
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人の媒体になるということ

カウンセリングをしているといつも思うのだが、時折、自分の意識からでない言葉が口をついて出ることがある。
こういうことを人によっては、神の言葉とか、何かに憑かれたとか、何かが降りてきたと言ったりする。
神秘的な風に捉えれば、いくらでも言えるのだけれど、私はできるだけ現実的な所で捉えたいと思っている。
昔からある、神や天の声を聞いたりする儀式的な行いというのは、無意識世界に繋がるためのものだと思う。
心理学的に言うと私たちの心の世界は、自分をはっきりと捉えている意識と、表面からは見えない無意識がある。
無意識は、日頃は表に出てこないのに、意識に影響を及ぼしている存在である。
たとえば、なんだかわからないけれどむしゃくしゃする。といったような、意識では説明のつかないようなものは、無意識が関与していると考えられるわけだ。
意識的には、自分の親に反抗的な態度を取っているが、無意識ではもっと愛されたいという願望があるからこそ、そのような態度になってしまうといったものである。
そして、この無意識には集合的無意識という、心の数だけ存在する無意識の集合場所があるという概念がある。
口に出していないのに、誰かの考えがわかったり、第六感というのが存在するのは、この集合的無意識にアクセスしているからだという。
カウンセリングの時は、技術的なことをしている合間に、ふと浮かんでくるものがあって、それを何らかの形で伝えると、クライエントにある気づきが出てきたり、違う展開になったりすることがある。
その時のカウンセラーというのは、クライエントの媒体になっている。
クライエントの発したものが、カウンセラーという媒体を通って元のクライエントに戻ると、クライエントに新たな反応が起こる。
カウンセラーはこの時、実態はあるけれど見えない無のものと同様になる。クライエントは、鏡と話しているのと同じになるのだ。
私の口を突いて出てきた言葉は、クライエント自身が私の無意識を通して自分の耳に伝えようとした言葉と言ってもいい。
私はこの時、クライエントにとっては完全な媒体となっているわけだ。
こういう体験をすると、神とか天とかいうものが、無意識世界のことを指していると感じる。
神を下ろす媒体を依童というが、そうなるとカウンセラーはさしずめ依童といったところだろうか。
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2009年09月25日

山の景色を見る

連発だが…また夢の話
自宅らしき所から、遠くの山々の景色を見ている。
とても晴れているので絶景で素晴らしい眺めになっている。
実際、私の家のベランダからは富士山などの山々が見える。
しかし、夢の中では富士山らしき山を見て、それを友人らしき人に景色の説明をしている。
「あれが富士山ですね…」と言いながら、白く雪を被ったそれらしき山は、台形をしている。
あれ?違うな…形が富士山じゃない。
そういえば、今見ているのは新宿方面の景色のはずだから、富士山なわけないな…と思い、
「あっ!違いますね、こちらからは富士山が見えるわけないですから」
と言い直している。
それにしても、新宿方面でこんなに山並みが見えているのはおかしい…
と思っている夢。

高山の夢は、願いが叶う吉夢らしい。遠くから眺めている夢の方が良いらしいのだが、台形の山っていったいどこの山なんだろう…?
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2009年09月24日

窓を閉めてくれない夢

ある人が窓を閉めてくれない夢を見た。
私が何度も「閉めて、閉めて」と言っている。
その人は、まったく聞き入れてくれない。
私はその人にとても腹をたてているようだった。

窓は、コミュニケーションや目を表す。
閉じればコミュニケーションの拒絶、開いていれば好転らしい。
怒る行為は逆夢で、問題が解決する夢だそうな。
おそらく、この人物との問題が解決するとの暗示だろう。
しかし、なぜ私は「閉めて」と言っているのか…?
posted by メイ・シオン at 02:07 | Comment(0) | TrackBack(0) | 夢のお告げ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月23日

自律神経の異常

実の所、最近体調が思わしくない。
昨日も不思議なハンコ屋を見たあと、食事の支度をしようとすると、酷い立ち眩みとアレルギー後と同様の腹痛に襲われた。
その後、バッチフラワーレスキューレメディと、レスキュークリームで収まったけれど、本の内容が私にとってある衝撃を与えたため、自律神経の乱れを起したのだと思う。
アレルギー後の腹痛とは、喘息発作の後に良く起ったことがあり、免疫が戦い終わると出てくる症状だ。
先週も酷い下痢に襲われ、出先でストッパ下痢止めを買うほどだった。
私はこれを不要なものをすべて出すためのものと考えている。
急激な腹痛で下痢を起し、抗体反応で始末したものを体内から出すのだ。
本来は、自律神経の乱れから、過度の痙攣性大腸炎を起しているのだと思う。
だが、メンケン反応と呼ばれるものは、こういったものが多い。
条件としては、身体のリセットを意味していると思う。
体内で停滞しているものを出す事によって、新しいものを作ることができる。
昔、行なわれていた瀉血も、そのシステムを目的としたものだろう。
ここまで自律神経が乱れてしまうのには理由がある。
私は、かなり図太い所があるのだが、それでいて身体はナイーブだ。
自分に起きた出来事を、どこか遠い所で見るような客観性がある反面、もう一つの私は、心身症ともいうべき喘息を患うようなところがある。
だから、子どもの時は、ずっとこの喘息に苛まれていた。
いつも空から私周辺を眺める私と、マイナスの気に酷く反応してしまう私がいる。
現実主義なので、物事をシステム的に捉えているのだが、システムだけでは測れない何かがあることも知っている。
けれども、そういう気に苛まれることが一番煩わしい。
夢のお告げにあるように、無意識は停滞を告げている。
むむむ、スクールの仕事がやっとひと段落ついたと思ったら、今度は次の波なのか…?
何もない、フラットな日々を過ごす事はできないのだろうか…
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2009年09月22日

不思議なハンコ屋が先にきたわけ




もう3年も前になる。
私はなぜかアカシックレコードリーディングという本に出会った。
その時のブログはこちら。http://maysion.seesaa.net/article/17045464.html
そしてその後、この著者である如月マヤさんのワークに参加することになる。
それからというもの、彼女のHPやブログを通じて彼女の動向を追ってきた。
そして、今月、「アカシックレコードリーディング」「魂の目的」に続いて3冊目の著書「未来を知って幸せになる本」が出版された。
このことは、彼女のブログで知ったのだけれど、そのブログ内で「不思議なハンコ屋」という本に触れられていた。
その時の私にとっては「ふ〜ん」という、ついでのときにでも買おう程度の2冊目、3冊目、4冊目という優先順位の低い本だった。
「未来を知って幸せになる本」は、どこで買うか決めており、今月中には入手できる。
それで何気なく、あるCMメールを見るとまた「不思議なハンコ屋」に行き着いた。
去年の春に出版されているので、古本ではもう安く売られていた。
そんなこともあり、じゃあ買っておこうとこの本をネット注文した。
届いた本は、今風にとても読みやすいものに仕上がっていて、本嫌いの私にとってありがたく、パラパラとめくるうちに一気に読んでしまった。
それで、わかったことなのだが、如月マヤさんの本より、この本を先に手に入れることは、私にとって必然で自然な流れだったようだ。
私は以前から「自然の法則」というあるネタを長いこと持ち、書き連ねている。
その中で、ある怖ろしい事に気づいて何年も停滞していたが、最近、それに繋がる「誰もが無意識世界(集合的無意識)とかアカシックに繋がっている」と確証する出来事を体験した。
それに追い討ちをかけるように手にしたのがこの本だった。
本には、魂について触れられている箇所がある。といっても、この本は決して、精神世界や怪しい出来事に迎合している本ではない。
現実に生きる人のスタンスを崩さないまま、見えない世界を大切に扱う真摯な人の姿がある。

例えば、人からの忠告に対して、
「自然の流れがよこしたメッセージ」として僕の中で働き始めるのです。…
「人の声」が僕に自然界からのメッセージを伝えてくれる。

そして、そういった本人にとって心痛いことがあったとしても
僕は人に媚びることはしませんが、人に頭を下げることに恥ずかしさを感じることはありません。自分自身の変なプライドにじゃまされるよりも、現実を無視せずしっかり見るべきでしょう。

不自由な足を揶揄された辛い過去に対して、
いまになって思うのは「子供時代のうれしかったこと、悲しかったこと、学校や家でのなんでもない生活のすべてが、人間を少しずつ変えながら、その人の道を作っていくのだな」と…
世の中でいじめられている人、ハンデのある人はおおぜいいるでしょう。けれども、そのハンデをうまく利用したら、うまい具合に生きていける気がします。…
「この体では普通の仕事には就けないだろうから、座って仕事ができて、手先の器用さを武器にできるハンコ屋になろう。」


そして、私が最も興味を惹かれたのは、
肉体が滅びても永遠に生き続けると考えられている魂とは、人間の体の中で受け継がれていく遺伝子…

2度目の臨死後、すべて抜け落ちた髪が、以前と全く違う髪質になったことを、
病気で死にかけたことで、それまで背後に隠されていた別の遺伝子が表に表れてきたのではないかと思っています。 

引用「不思議なハンコ屋」

自然の法則の謎解きに、またもや確証を持たせる「遺伝子」というメッセージに突き当たった。
これは私が望んでいたプレゼントだと思う。
そして、現在、私は色んな事に停滞感を持っている。
ある仕事場での変化や、あるべくして出てきた出来事、ネガティブキャンペーンを浴びている事実などだ。
しかし、それらはすべてあるべくしてある出来事で、過去に起きた骨折や色々な障害も、自然の流れからの私へのメッセージだったと思えてきた。私は色んな自然の流れに抗っていたのだ。
ここで、また一つ宿題を出されてしまった気がする。
そのことは、また別の機会に…
とにかくこの本は読んでおいてムダにならない。是非ともオススメしたい一つである。
posted by メイ・シオン at 01:25 | Comment(2) | TrackBack(0) | ヒーリング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月21日

上手く歌えない夢

なぜか歌のコンテストに出る夢を見た。
そこに出場しているのは、5〜6人で、出場者には私の他に私の姉と父がいた。
一番手は父だった。
コンテストなのに会場は野外の何かのイベントの一環で、それでいてフルバンドの演奏だった。
父は、始めの小節ですでに音をはずしまくりだった。
音楽をやっている父なのに…音をはずしまくりって…どうして?
と思いながら、これではダメだな…と思っている私。
二番手は、どこかのご婦人だった。
その音を聞きながら…あれ?そういえば私これから出場するのに、歌う歌も歌詞も全く覚えていない。
どうしよう…カラオケでもあるましい、みんなソラで歌うに決まってるじゃない…
そう思いながら、姉らしき人にそのことを話している。
それで、自分のその状態を説明している。
「私、全然歌詞を覚えてないよ〜こんなんで出場できるわけないじゃん。ははは…」
もう自分のバカさ加減に大笑いしているのだ。

夢本によると、上手く歌えないことは、コミュニケーション不全を表しているらしい。
笑う夢は、凶夢で逆夢だ。つまり喜びと逆の意味になる。
悲しいとか、落胆とか絶望とか悲嘆。
おそらく父の音痴ぶりは、彼が既に健忘が激しくコミュニケートが上手く取れないことを意味しているのだろう。
自分のことを笑うしかない私は、そのコミュニケート不全を悲観的に捉えている象徴なのかもしれない。
そして、その上手くできないことを煩わしく感じているさまを表しているとも。
だから、姿が見えない姉にそれを告げているのだと思う。
posted by メイ・シオン at 17:18 | Comment(0) | TrackBack(0) | 夢のお告げ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月18日

カネボウインジェニエ-Ingenue-

090918_2236~0001.jpgカネボウインジェニエ-Ingenue-
私が好きなフレグランスのうち一番のお気に入り。
ところが、15年位前に廃番になってしまった。
それからというもの、町の古そうな化粧品店を見つけると覗いてみたりした。
それでも見つけられたのはたった1つ…
最近では、もっぱらネットオークションでゲットしている。
今日、また一つ手に入れる事ができた。
オークションは本当に便利だ。そしてエコだと思う。
きっといらなくなった香水など、使いかけだったらたんすのこやしか、ゴミ箱行きだったと思う。
でも、使いかけですら欲しい私のような者がいるのだから、その人の手に渡る方がモノとして天寿を全うできる。
そんなこんなで、難しいと思われた廃番商品のコレクションが既に5本となった。
今までゲットしそこねたのは、オークションの競りに負けたたったの1本。
持っている5本のうち1本は、今使用中のものでもうじきなくなる。
中には劣化が激しいものや少量しかなかったものもあるけれど、もう2度と再現されないフレグランスかと思うと、そのほんの残り香さえ取っておきたいと思ってしまう。
調香は、調香師で香料の元があれば再現できるらしい。
だが、それはご法度のようなのだ。
以前通ったフレグランススクールで、名前すらわからない30年以上前に持っていたフレグランスを再現したいと頼んだら「そういうことはできない事になっている」と断られた。
個人的に作ることならいいらしいのだが…
しかし、全く同じものを作るのは難しく、香りを作る際、会社は独自のベースノートを持っていて、それを元に色々な展開をするらしい。
だからカネボウにはカネボウらしさという香調があって、日本の風土に合った和のテイストを持つインジェニエは、再現することができないのだ。
インジェニエが手に入らない頃、同じカネボウのアンドゥミルを使っていた。
インジェニエが発売中止になった後に発売されたものだ。
「ピンクグレープフルーツの爽やかさと甘さ」というふれこみだったが、これのベースがインジェニエに共通する。
カネボウ絹石けんや「きぬ」という名がついたシャンプーも同じだと思う。(シャンプーは記憶が曖昧だが…)
地道にコレクションしているインジェニエだが、年月が経てば経つほど劣化し、そして持っている人も物もなくなる運命だろう。
カネボウらしさを誇る名香ともいうべき「絹」をもっと軽快にしたインジェニエ。
フレグランスのブームはバブル崩壊とともに鎮火して、現在は香調も変わらない深みのないフルーティーなものばかりが好まれる。
ユーザーがいなければ、商品として成り立たないというのはわかるけれど、素晴らしい作品がなくなってしまうのは本当に寂しい。
カネボウさん、期間限定でもいいから、古くからの名香まつりなんかをやってくれたらいいのになぁ〜
posted by メイ・シオン at 23:22 | Comment(0) | TrackBack(0) | アロマセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月17日

鎮火する火事の夢

夜、一軒家か低層のアパートのような我が家らしき家から外を見ると、花火が上がっている。
ごく低い所でしかも住宅街の真ん中でそれは打ち上げられている。
その花火の火があちこちに飛び散って火事になっている。
家から一番近い空き地のような廃屋のような所が燃えている。
鎮火しつつあるが、まだくすぶっている感じ。
他に飛び火した家では、本格的な火災になっていて、どこかから声がする。
放火だ!放火だ!
近隣の住民が火を消そうとしているようだ。
人影がまばらに見える。
この状況が、消防が既に消した後なのか、来る前なのかわからないが、家の前の残り火を消さなければ危ないだろうか…と思案している所で夢は終わった。

火事の夢は、業火なほど吉夢とされるのだが…
鎮火しつつある、煙でくすぶっている…というのは、凶夢らしい。
体調不良とか…「くすぶる」という状態と同意になるらしく、ちょっと気になるなぁ〜
posted by メイ・シオン at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 夢のお告げ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月16日

maysionブログをご覧のみなさまへ

いつもmaysionブログにお立ち寄りありがとうございます。
スパム対策によりコメント記入の際に「認証コード」を追加しました。
「認証コード」はコメント下部にあります。
SeeSaaブログにコメントご記入の際は、ご面倒をおかけしますが、
よろしくおねがいいたします。
posted by メイ・シオン at 21:32 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

紫微斗数占いがアタル

さて、今年地球年齢●才を迎える宇宙人だが目下反抗期である。
私の料理が不味くて食えないといって、2週間くらい前から自分で夕飯を調達している。
大人なんだからそれはそれで結構なのだけれど、当て付けとか嫌がらせとか、そういう意味らしい。
私は食べる事にあまり興味がなく、料理が好きではない。
そして、家事の中でこれほどむなしい仕事はないとも感じる。
材料の調達から始まって、調理、食事、片付けと、とても時間と労力を費やして行なう作業なのに、食べる時はあっという間だ。
掃除や洗濯、整理整頓ならば、かなり長い時間その成果が維持できている。
それなのに、料理だけは別だ。食べたらオシマイ。作品として残らない。そう思えてどうにも好きになれないのだ。
それから、何よりもメニューを考えるのが一番の難点だ。
主婦達は、毎日毎日このメニュー考察にうんざりしている。
うちの場合、私と宇宙人の食の嗜好が違うため、ほとんどを宇宙人に合わせる事になる。
そうしないと食べないし、非常に感じ悪い態度や行動にうって出るからだ。
仕事が忙しくて、安かった食材や家にある物で済ませる時は、私のやる気もないため、宇宙人のお気に召す食べ物でないことがある。
そうすると酷く気分を害すらしい。
それで、もう作らなくていいと自分で調達しているのだが、私の作るものより、マックやコンビニ弁当の方がいいらしい。
添加物リン過多で、一回死んでみたらいいと思う。ははは…

今日は、占い師の友人、瑞桜先生に会うことができたので、このことを以前出してもらった「紫微斗数」のバイオリズムと照合してもらうことにした。
友人が出した結果を元に、1年分の運勢カレンダーを作っておいたので、2週間前のその日のウラを取ろうとしたのだ。
すると…その日の私の運勢は、△貪狼-2、★鈴星-3 と私のバイオリズムでは一番マイナス面が多く、食にも関連する事、粗野な感じとか、争いごとの暗示が出ている日とわかった。
ひゃ〜その通りだねぇ〜exclamation×2
彼女には、事の顛末を詳しく話す前にその内容を聞いたので、ここまでドンピシャだとは思わなかった。
恐るべし「紫微斗数」
すると、宇宙人の方はどうなのかな…
その日の宇宙人は ☆紫微6、◎破軍2、化禄3、★地劫-3
以前もらった簡単な説明書を見る限りでは、吉星があるけれど、破壊、災難を意味する凶星も入っているようだ。
こうやってウラをとるのが占術の楽しみだったりして…
つまらない出来事を面白く楽しむのもオツだねぇ〜
posted by メイ・シオン at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月12日

傘を貸してください

最近、傘を買ってばかりいる。
スクールに戻れば傘はあったのだけど、仕事の帰りに甘いものを食べて一息つこうと、ファミレスに寄っている間に、どうにもできない位どしゃ降りになっていた。
どうしよう。このまま小降りになるまで待つか?それには随分と待たなければならないだろうな…
思い切ってお店の人に傘を借りて、コンビニまで買いに行こう。
だけどここはファミレス。個人経営の店ならまだしも、こういう所で融通を利かせて貸してくれるかな…?
ダメ元だ。おばちゃんは図々しいからちょっと躊躇するような事でもできてしまう。年取ってて良かった。
追加注文のオーダーを取りに来た若いお兄さんに「申し訳ないのだけど傘を一瞬だけ借りる事できますか?」と聞いてみる。
お兄さんは案の定「傘はお店にないんですよ」と。
不特定多数の客を相手にするファミレスは、そのまま返してもらえない傘を用意しているほど余裕はない。
こういう所では、あり得るお客様の対応を全てマニュアル化しているから、やっぱり…という返事だが、ここで引き下がってはいけない。
相手は生の人間だ、説明不足を補おう。
「コンビニに傘を買いに行きたいのだけど…」
するとお兄さんは「ちょっとお待ちください」と言って傘を持ってきてくれた。
やった〜助かった。言ってみるもんだよね。
借りた傘を持ってコンビニに駆け込み、気持ちばかりのお菓子も買ってお店に戻った。
お兄さんに傘を返し「ほんの気持ちですがみなさんで食べてください」とお菓子を手渡すと「えっ!!」というリアクション。
そして、間があって「あ、ありがとうございます。ありがとうございます。」と2回続けて言った。
これが彼の素の『ありがとうございます』なのだろう。
こういう事を予想はしていなかったのだろう…今まで一度もなかったかもしれない。
コンビニ、スーパー、ファミレス、ファーストフードなどなど…
一定のホスピタリティーを目指すあまりに、画一化されたやり取りで、時として相手が自分と同じ人間だという事を、忘れさせてしまうサービスという名のマニュアル。
張り付いた笑顔で、こんにちは。お待たせいたしました。ありがとうございました。という店員。
そう言われても何のリアクションも取らない、日本式、お客様は神様ですにあぐらをかく客。
でもね、その知らない店員だって、その知らない客だって、遠く遠く辿っていったら、自分の友達の友達、親戚の親戚かもしれない。
これが人同士のコミュニケーションかな?
自分が提供する側になってから、こういうことを常々考える。
帰りがけにお兄さんとレジで顔を合わせた。
またいつも通りのマニュアル顔に戻っている彼。
「ありがとうございました。助かりました」と声をかけると「いいえ、こちらこそありがとうございました」と、はにかみ気味に彼の言葉が返ってきた。
家の駅まで着くとどしゃぶりだった雨は止んでいた。
まっいっか…ブログネタが一つ書けたことだし。
posted by メイ・シオン at 22:21 | Comment(8) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月07日

早すぎた鼠先輩

ひとりごと
鼠先輩は今年いっぱいで引退宣言しているけど…
流行を先取りしすぎちゃったね。
これから鳩山ぽっぽ政権になるというのに…
posted by メイ・シオン at 22:19 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月06日

ニホンゴ

国語を取り上げたニュースによると、専門家の間でも「ら」抜きを容認する人が増えているとか。
場合によっては、アリなのかも知れないが、TVなどで話すプロが使っていると凄く違和感がある。
ここはプロなのだから、正しい国語を提供してほしい。
日常会話で、どれが正しい日本語かを踏まえて逸脱するのは構わないと思う。
だが、本来の言い回しや意味を知らないまま、それが標準になることは恐ろしいことなんじゃないかと…
子どもの頃、言葉の本来の意味を知らずに使っていたことがある。
放送禁止になってはじめてそれが差別用語だと知った。
知らないとは怖いことだと思った。
それから放送禁止になった用語を、日常で聞くことはなくなった。
放送禁止になるには意味がある。だから淘汰されたとしてもそれは合点がいく。
だが、冒頭で言った「ら」抜きのようなものはどうだろう?
それから「送らさせていただきます」とか…
もっとすごいのは「送らさしていただきます」とか。
そのうち「書かさせていただきます」とか「読まさせてさしあげる」とか言うんじゃないだろうか。

丁寧な言い回しのつもりが、間違っているのが気になって仕方がない。
しかもそれがアナウンサーや博識者など、言葉を提供する人の仕事であったりすると、この国はいったいどうなっているのだろうと思ってしまう。
語彙が多く難解な日本語だが、それだけに表現の豊さ細やかさが日本語の素晴らしさなのではないだろうか。
ごちゃごちゃゴタクを並べたが、私は「〜させて…」が気になって仕方がないのだ。
だから、間違ってるってば…
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2009年09月02日

楳図先生占い

今日は帰りがけに吉祥寺LONLONで楳図先生を見た。
(楳図先生=漫画家楳図かずお氏)
吉祥寺では、常にウロウロしてるので、さして珍しい事ではないのだが…
なんと冬以来、赤ボーダーTシャツでない楳図先生に出くわしたのだ。
それでも赤いラガーTシャツだった。
(やっぱり赤なのね…)
これはおみくじなんかでいえば、中吉なんかが出たラッキーさだろう。
もしこれがボーダーTシャツなら末吉だ。
(よくある出来事だからね…でも拝めただけで既に吉)
そして、極めつけは 赤でない服なら大吉だ〜!
(ありえない貴重さだけに…)

楳図先生占い 私の今日の運勢、中吉。
posted by メイ・シオン at 23:27 | Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする