2011年03月30日

原発を悔やむ

未だ収束できない原発事故。
この世界的危機に、たったの50名足らずの作業員だけに頼りきっているこの状態は、異常としかいいようがない。
これが映画だったなら、50人の精鋭部隊のように扱われる。
しかし、そんな人数で…という現実が起こるとは思ってもみなかった。
現場の人達に託しながら、彼らのことを祈るくらいしかできない。
当たり前のことだが、廃炉になる方向性だけは見えてきたようだ。

地震当初、本当はものすごく怒っていた。
通販生活の読者歴が長い私は、たびたび誌面に載る原発についての記事に触れていた。
「こんな小さな島国にこんなにたくさんの原発」そんな論調は何度もあった。
唯一の被爆国でありながら、原発に頼っている不思議。
日ごろからそんな疑問もあり「人は制御不能な諸刃の剣に手を出してはいけない」そういう概念は常にあった。
ある仕事場で一緒になった同僚の夫は、東電関連の研究者だった。
ある時、話題の中で私は「原発は人間が使ってはいけないエネルギー」という内容の話をしたところ「じゃあ電気を使わない生活ができるのか?」と、ものすごい剣幕で怒りをかってしまった。
彼女は、夫らがどれだけ努力しているのか知っているのか?と言いたかったのだろう。
私はそこに働いている人達を批判しているわけではなかったのだが、私の思いとはすれ違った会話になってしまった。
何度となく原発に対する安全性を疑問視する声や、反原発の声というのはあがっていた。
それにも関わらず、国を挙げて原発は推進された。
そして、それは私のように、使ってはいけないだろう…と思いながらも、特に反対の声をあげることもなく、黙認していたたくさんの人々を脅かしている。
専門家が安全と言ったから。そんな思いだってあるだろう。
戦後の復興から、モノが溢れ、右肩上がりが良いこととされてきた経済至上主義。
その中にどっぷりと浸かって「本当にこれで良いの?」と不平や不満は口にしても、何もしてこなかった。
まるで他人事のように。
「誰かがどうにかしてくれる」
私の身近にいる人は、よくこういう表現をする。
私はその度に「誰かって誰だよ?おまえ自身のことでもあるだろ」と心の中でつぶやいていた。
結局、私自身だって「No」と思いながらもその「誰か」に託していたわけだ。
本当に「No」と言っていた人たちを知っていながら賛同することもなく。

地震が起き、被災状況が明らかになってきた頃。
「地震、津波だけでも大災害なのに、さらに苦痛を味あわせるのか!」
そんな自然の摂理に打ちのめされながら、怒りが収まらなかったのだ。
人のやることに100%などあり得ないことを知りながら、押し切った原発政策に。
それを見て見ぬふりをしていた人々に。そしてその当事者でもある自分に。
人間は、みんなバカだ。
だからきっと、それを知らしめ、実感し、乗り越えるために生きている。
いつもそんな風に思っていた。
それにしては、大きな代償を払いすぎるじゃないか…
こんな出来事があると「神も仏もない」と思う人がたくさんいると思う。
「神はいつも見ているだけ」私はそんな風に思う。
戦後最大の大災害。いや世界的な災害。まさかそれを体験するとはね…
日本は戦争はせずにこれたけれど、こんな落とし穴があったとは。
しかし、人は何があっても最後の最後まで生きなければならない。
それが、屍の上にあってもだ。
こんなお試しがされるなんて想像できなかったけれど、粛々とそれをこなしていくしかないのだ。
「買占めはやめよう」なんて甘い投げかけじゃなく「欲しがりません勝つまでは」のような、
歴史に残るようなすごいコピーでも掲げて、みんなで乗り越えるしかないだろう。
戦時中ほどではなくとも、枝野氏が言ったように生活様式から見直す必要があると思う。
これを機に、本当のエコ大国に舵を切り直すといい。
みんなが自分のこととして考えるならば、必ず結果はついてくる。
もう「三丁目の夕日」でいいじゃん。
それだって充分生きていける。
金儲けのために生きるのじゃなくて、生きるための金儲けをしよう。
新しい東京の電波塔も立ったことだし。
そんなことを思うのだった。
posted by メイ・シオン at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする