2019年12月31日

DV 家庭内暴力の根源は家庭内暴力

DVとは、ドメスティックバイオレンスの略ですが、日本語で言うと家庭内暴力のことです。
うちの父は、離婚する前、夫婦喧嘩をすると母に暴力を振っていました。
しかし、離婚後、何年もすると「手をあげたことは無い」と言いました。

ウソをついているのではなく、本当にそう思っていたようです。
人間の記憶は、自分の都合の良いようにねつ造しますし、逆に都合の悪い心地良くない記憶として変えることもあります。
なんともいい加減なものです。

また、喧嘩の末、暴れる理由も、その場に居る人(第三者)から見れば、おかしなことは歴然としているのに、当の本人は全く気付かないことがあります。(自分は正しく相手だけが悪い)

法律ではDVは、配偶者暴力防止法があり、配偶者からの暴力を防止し、被害者を保護するための法律です。
そもそもこの法律は、DVを減らし、危険な目に遭う女性を守り、人権を擁護することを目的としているとのこと。
基本理念に「配偶者による不当な暴力を防止して被害者の人権を守り、男女の平等を実現する」とあります。
すると、元々の被害女性という枠から、逆の場合も当てはまるということですね。

DV被害に遭った人への心理教育プログラムには、
前文に「配偶者からの暴力は、犯罪となる行為をも含む重大な人権侵害」と明記。
経済的自立困難な女性に、配偶者が暴力を振るうことは、個人の尊厳を害し、男女平等の妨げとなっている。
この状況を改善するために、 通報・相談・保護などの支援体制を整備し、暴力の防止と被害者の保護のために制定された。
ともあります。

「経済的自立困難」とありますがこの場合、専業主婦のことですね。
特に小さな子を抱えている場合、子どもの生活を守ることができないとなればDVに屈する生活を強いられることもあります。
それがわかった上で、相手が逃げられないからDVをふるう加害者も多くいます。

配偶者からの被害実態の統計では、女性の10.6%、(10人に1人)男性の2.6%が何度も被害を受けているそうです。
(H.17内閣府「男女間における暴力に関する調査」)

では、暴力と認定される行動とは…

1. 身体的暴力(殴る、蹴る、物でたたく、階段から突き落とす)
2. 精神的暴力
・言葉の暴力(暴言、罵倒、説教等)
・脅し(威嚇、脅迫、物を壊す、物を投げる)
・経済的制限(生活費を渡さない、働かない、借金)
・行動制限(実家・友人との交流制限、外出を嫌がり、頻繁に電話)
3. 性的暴力(性の強要、避妊に協力しない、嫌がるのにポルノを見せる等)

DVの隠された目的とは…

暴力によって支配しコントロ−ル、
八つ当たりし、感情のはけぐちとしている!
とされています。
これらは意図的に行われる場合もありますが、本人も意識していないことが多く、
それだけに始末が悪いわけです。

暴力は連鎖する

暴力を見聞きしたことが無い人だと、その人は暴力にさらされないので、暴力を振う可能性は極めて低いです。
つまり、ヒトは知らないことはできないのです
どこかで学習しているからこそ、それを行うことができるわけです。

家庭内暴力に限らず、学校で行われる先生による体罰がわかりやすい例でしょう。
昭和の子ども達の多くは、暴力にさらされています。
日本の軍隊式の教育がまかり通ってきたからです。
それを体罰という形で、教育の一環として行われてきたのです。
つまり「暴力OK」むしろ「暴力でコントロールせよ」としてきたわけです。

自分が体罰を受けて、嫌なはずだったのに…同じように行ってしまう心理とは何でしょう?

ほとんどの場合、自分が受けた体罰を他の人にも知ってほしい。
自分の苦しさを共感してほしい。
自分と同じであってほしい。(自分と同じ苦痛を味わってほしい)
自分が耐えたのだから、他の人も耐えてあたりまえ。
などと、過去に体罰を受けた、自分を救済するための動機であったりします。

これらは、体罰された自己を肯定する作業でもあります。
体罰とは、ただの暴力ではなく、「罰」としての意味を有しています。
すると、罰を与えられるような自分を否定せざる得ません。
罰を与えられた恥ずかしい自分を覆い隠したい、
逆の立場になることで自己肯定したい心理も見え隠れします。

そしてまた、不条理な体罰を他の人にも与えたい、
自分だけがされるのはおかしいなどという、身勝手な心理もあることでしょう。

昭和の子たちのほとんどは、親からも暴力を振われています。
それだけに、日本におけるDVは、西洋世界のそれとは違った様子があるように思います。

暴力を受けたら

暴力を受けたらやり返す心理というのがあります。
ヒトは、微笑みかけられたら微笑み返し、
怒鳴られたら怒鳴り返すという、まるでオウム返しの法則に操られます。
そのような法則があると知らないので、無意識のうちにこれを行います。

それでは永遠にこのループから抜け出せません。
まずは、その法則、ゲーム性から逃れることです。
絡まれたら逃げる、若しくは、絡まれたら絡み返さないこと。

暴力する人は、それに応える人によってその行為が成り立ってしまいます。
仮に、暴力を振われとても恐れたとすると…
暴力した人は、自分が他人を恐れさせるスゴい人間だと勘違い(学習)します。
本当のところは、他人から卑下され軽蔑される行いをしているのにです。
(暴力をふるう人間を尊敬する人などいません)
そしてまた同じ行為(方法)を使い続けます。

暴力・暴言をする人は、総じて「相手のせいにする」といいます。
(DV被害者の声より)

また、DV加害者である男性(夫)の声では、
加害者は「自分はあいつのためにやってる」「暴力はダメだけどあいつがわからないから…」と、自分を正当化している。
DVをやめさせたければ、どれだけ理不尽な事をしているか気付かせる必要があり、加害者が治したいと思うかどうかにかかっている。

と発言しています。

法的に訴える場合、録音などで証拠をと言いますが、
この録音で、加害者は本人が理不尽な事をしていると捉えることができるのでしょうか?
加害者の声では、認知行動療法によって自分が加害者だと理解できたようです。
また、このような録音は、調停などの材料に成りうるでしょうね。

暴力行為は、もっと法律で縛られて暴力は許さない向きであるべきだと思います。
暴力行為によって、実刑などで刑罰が重くなれば暴力行為の抑止力になるでしょう。

酔っ払い同士での暴力も、学校や会社で行われる暴力(いじめなど含む)も、
家庭内という閉鎖された空間で行われる暴力も、
究極的には命を脅かすことに他ならないからです。

暴力を学ぶ場

先に述べたように人は、学習するからそれを知り、取り入れます。
暴力というのは、学ぶ場があるのです。
その多くは「家庭」です。

家という第三者のいない閉鎖された集団の中で、そこのルールに基づいて、
暴力というのがまかり通っていきます。

暴力をふるう親をみて育つ子どもは、暴力をふるいます。
家庭内で学んだ暴力は、大人になってそのまま次世代の家庭に持ち込まれるということです。

あなたの行うその暴力は、決して正当化されるものではありません。
暴力に「善い」ものなどあり得ません。
posted by メイ・シオン at 00:40 | Comment(2) | カウンセリング&セラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする