2006年11月11日

ダライ・ラマ講演へ(その2)

061110.jpg
ダライ・ラマ法王の講演は、交通で遅れた法王の到着後14:10から始まり、予定の時間を1時間もオーバーした17:00に終わりました。
なぜそんなにオーバーしたのかは、また後程。


法王の到着後、姿が見えると皆、待ちかねたように起立し大きな拍手で迎えました。
このような光景はいつものことなのか、私はお初なので分かりませんが、
自然とそうなる雰囲気があることは確かでした。
いつものようにニコニコとして壇上に立つと、手を挙げ挨拶をし、
皆に座るよう手で合図をしました。
言葉はなくとも「ありがとう。あぁ、もう、そんなにいいからみんな座ってください。
フランクにいきましょう。」という声が聞こえるようでした。

講演は英語での講演となり、講演中5〜6回に分けられて、日本訳される形式でした。
法王のお話は冒頭「私は仏教の人間だが、講演は仏教的なものではなく、
世界中の人々が共通して分かる、世間の常識的な所で話をします」
「それは、多くの民族、宗教や信仰、精神世界を指針としている人もいますが、それらを超えて世俗的な誰にでも分かるものとして、私は一人の人としてここにいて話したいと思います」と宣言されました。
なぜ、そのような宣言が必要だったのか、後になってわかるのですが…

座席は3階席で法王の姿は豆粒のようにしか見えませんでした。
スクリーンを通して見る姿には、以前TVで見たオーラは感じられません。
どうしてだろう?と疑問を持ちつつ、単語でしか理解できない英語でのお話を聞いていました。
講演の内容は世界の状況や日本の抱える青少年の問題などを交えながら、
終始「愛について、思いやりと慈悲の心」を説いていました。

日本訳がされている間、法王は長い時間を待ちました。
その間中、ニコニコと会場の人に手を振ったり、身体を掻いたり、鼻をかんだり…
その自然体がなんともおかしいのです。
こんなユーモアとチャーミングさがどこからくるのか…
見ている人たちにも、自然と笑顔がもれるそんな場面が何度もありました。

私は、法王が鼻をかんだり目を拭いたりして、何度となく袈裟から取り出され、またしまわれる、白い布?(ティッシュ?)が一体どうやって袈裟の中で整理されているのか、不思議でたまりませんでした。
次々と出てくるキレイにたたまれたその白い物は、マジックの仕込みのようにも感じました。
そんなことを考えていたのは私だけかも…

わからない英語を子守唄に、うっつらうっつらしたりしながら講演は終わり、終了時間の4時を20分ほど前にして、質疑応答へと移りました。
当初、質疑応答は会場からアリーナ席、2階席、3階席と3名の予定でした。
しかし…
つづく
posted by メイ・シオン at 00:00 | Comment(4) | TrackBack(0) | カウンセリング&セラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
いいな、いいな、ダライ・ラマ法王にお会いできたなんて!早く続きが読みたいです
Posted by ネロリ at 2006年11月12日 10:03
調子に乗って書いてたら長くなってしまい…
まだつづきます。お楽しみに (^_^)/~
Posted by メイ・シオン at 2006年11月12日 17:53
ダライ・ラマ…初めて聞きました。講演っていえば、土曜日、学校にドラゴン桜に出ていた英語の教師のモデルになった人が来ました。
京大…東大…ハーバード……何だかもぅ別世界です。
今日は良いことがありました。http://alice-acry.jugem.jp/
Posted by かすみ at 2006年11月13日 00:36
かすみさん学校にそういう人が講演にやってくるんですね。
うーん、今の高校は色々やってるんですね〜
ダライ・ラマはチベットという今はない国のリーダーで、チベット仏教の法王です。1989年にノーベル平和賞を受賞しました。心の平穏、優しさ、平和を説いて世界中を歩き回っているのです。中国に侵略され国を失くした彼は50年近くインドに亡命しています。そして、チベット人の多くが亡命しています。
とても偉い(日本で言えば皇族の人たちのような)お坊さんなのに、そんな感じはひとつもあのません。
法王のことばを集めた「抱くことば」は分かりやすく簡潔です。
機会があったらダライ・ラマの本、是非読んでみてくださいね。
Posted by メイ・シオン at 2006年11月13日 01:23
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック