昨日に引き続き、結果的に北京オリンピックを巻き込んだチベット問題について
チベットの人権問題について、私たちの想像を超えたことが行なわれている事は間違いない。
想像を超えた残虐なことは、私たち日本人の平和ボケの頭では、あまりに遠すぎてリアリティに欠ける。
それならば、まず子どもでも、リアルに考えられることから想像してみようと思う。
まず言論の自由がないということ。
簡単に言えば、思ったことを口にできない、本音を言えず探りあいながら友人と話す、今の中学生、高校生の人間関係のようなものを、もっと酷くしたものと言えるかも知れない。
それから、宗教の自由。
日本人と宗教は一部の宗教を持つ人以外、密接な繋がりがないため、想像しにくいので、例えば、自分の好きなものを好きと言えず、好きな事をできないとしよう。
好きなロック(チベット仏教)を聴けず、演歌(共産党)を聴けと言われる。
崇拝しているサッカー選手(ダライ・ラマ)を尊敬していると言えず、国技の相撲とり(共産党員)を尊敬しろと言われる。
はたまた、自分の家(チベット)に突然中国の親戚が越してきて、表札を取り替えて「あんたは今日から李(中国人)だから」と言ったりして「家の中では中国語を話すように」と日本語(チベット語)を禁止されたりする。
と、あまりに砕けすぎな例えをしてしまったが、ざっと想像しても、言葉や生活文化、自分達が当たり前としていた生活ができず、自由を奪われるということだ。
…そこで、もう一つ思い出してしまうのは、60年前に日本がアジア諸国にしてきたこと。
また、戦時中だが、日本は、中国や朝鮮をはじめとするアジアの国々に日本語教育を強要していた。
また、卑劣かつ残虐な行為があったとする話も多くある。
(ここでは、その詳細な真偽は別として戦争という大儀の下、確実に『暴行』や『殺人』も行なっているという意味)
満州国を題材にした映画やドラマは、実在の人物の史実から語られたものが多く、私たちの目に止まる機会がある。
李香蘭の物語のシーンで、日本人(関東軍)制作の映画のストーリーの中で、ヒロインは、自分の事を考えて自分の頬を打ってくれた男を好きになるというシーンがある。
物語中、中国人映画スタッフ達は、このシーンを見て「中国人は手を挙げた男など好きにならない」と言うのだ。
文化的な違いが浮き彫りとなり、意にそぐわなくても、それに従わなければならない中国人の胸の内と、アイデンティティの違いを示すシーンだ。
この60年前の出来事は、当に今の中国とチベットと変わらない。
60年前、日本が中国にしたことを、今、中国はチベットに行なっている。
何とも自虐的で、気分の悪い話の展開となっている。
けれども、都合の悪いことを覆い隠しても、物事の本質にたどり着くことはできないと私は思うのだ。
つづく
2008年04月12日
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Excerpt: 日本の近代史において、関係国の一次史料が公開されはじめたと何度も紹介している。日本の歴史研究者、歴史学者は米国の史料をあたることはあっても従来は、国内の歴史資料ばかりを対象とすることがほとんどであっ...
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Tracked: 2008-04-17 19:36
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確かにそうですね。
高校時代のときに地理の先生がこの辺の
時代についてもテレビと講義を兼ね
とてもわかりやすく教授して頂いたので
今でも鮮明に覚えております。
確かに、日本人も60年前はかなり
えぐい事をしてきましたよね。。。
中国人のしている事は許しがたいことですが
そのキッカケを与えたのは日本人かもしれませんね。。。
ダライ・ラマは宗教家ですが、そのことを、普通の人たちがわかる言葉で示しているものをたくさん発信しています。次回はそれを紹介したいと思います。