2023年04月05日

サヨナラ ユキヒロ そして教授 3

サヨナラ ユキヒロ そして教授 1
サヨナラ ユキヒロ そして教授 2

そのつづき

YMOを知ったのは、中学卒業間際だったと思う。
当時、弟のように可愛がっていた2つ下の坂本くんが、
ライディーンを教えてくれた。

当時、テクノポップが好きなわけではなかった。
むしろあまり受け入れられないタイプの音楽。
けれど、その当時のファッション性は無視できないカッコよさがあった。

無事、念願だった高校に入学するとそこはパラダイス。
なぜって、自由な校風だったから。

この当時は、学内暴力が多発する前夜の時代。
中学では変な校則やら取り締まりに嫌気がさしていた。

道理の通らない抑圧が許せなかった私は、
どうしてもこの学校に入りたかった。

イエスキリストみたいなヒゲをはやした生徒
テクノポップのいで立ちがいるかと思えば、
長髪ロッカーやヤンキーもいる。
VAN尽くしにサーファー、ハマトラ、ニュートラ…
そして、制服の子たち。
法を犯さなければ何でもアリのチャンポンみたいな学校。

文化祭でシルバーメッシュの髪を注意された生徒が、
「スプレーです」と説明しただけで無罪放免される。
80年代、浮かれポンチなときをここで謳歌した。
今でも時々夢に見る、一生いたかった空間。

そんな時代に憧れの的だったのは、一回り以上離れた輝いてた大人たち。

そう、Bowie然り、YMO然り…

この80年代、高校生の時、聞いた話。
新宿高校で制服廃止させたのは、教授だった。
私らにとってこの年代の人々は、時代を動かしていた大人たちだった。
彼らが学生だった時代は学生運動が盛んで、群制度があった21群の同じ学区内の高校でそんなことが行われていたのかと、当時は驚いた。
私らの学校が制服もなく、取り締まりが緩く自由な校風であったのも、こういった先輩たちのおかげなのだと。
とともに、死の間際まで世に問う声を挙げていたのは、一貫してずっと変わらなかったよね。

海外ではミュージシャンは当たり前に社会を問う。
日本では、文学者では声を挙げる人はいるけれど、音楽家は音楽だけやっとけ…ってな雰囲気がある。

そんな中で、清志郎も教授もずっと吠え続けていたんだ。
それは、有名人が声を挙げるからこそ、影響力があると知っていたからだと思う。
有名人だからこそ、できる社会運動というのがあることを彼らは身をもって示していたのだと。
そう思う。

彼らに憧れ、羨望のまなざしでみていた私たち。
歴史が閉じても、やがてそれに巻き込まれても。
忘れないよ。そして思い出すんだ。

輝いてたあの頃を
posted by メイ・シオン at 02:40 | Comment(2) | TrackBack(0) | D.Bowie&music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

サヨナラ ユキヒロ そして教授 2

前回のつづき


ニュースが走ったのは 4/2 母の家で口から洩れた言葉

えっ!ウソ………

2023年3月28日
2014年中咽頭がん、2021年直腸がん闘病。教授(坂本龍一)永眠。享年71歳。

この間、ユキヒロが逝ったばかりじゃないの…
あぁ、そうか、もう悪かったんだ。
うちで「きっと、ぱるおみ(細野晴臣)くんが(年が一番上なのに)、一番最後なんだろうね…」
と話してたその通りになってしまった。

帰宅途中の電車内で、なぜだかHISの『夜空の誓い』がリフレインしだして…
ポロポロ泣けてきた

細野晴臣、忌野清志郎、坂本冬美、H、I、 S三人の頭文字からとったユニット。


あなたのこと 思い出すたび
夜空の星が 近くにみえる



わたしのこと 思い出してね
夜空の星よ 届けてほしい

あぁ 遠い声が 風の中にまじっている
そんな夜さ そんな夜さ いつまでも
暗い夜さ 暗い夜さ いつだって



清志郎は2009年58才で逝去。
教授のニュースが流れた日は、奇しくも清志郎の誕生日だったと。

いけないルージュマジックのパロディを文化祭で同級生がやったよね。
青春の思い出の人たち
あぁ…また、ひとつ、星が消えてしまった。

♪ わたしのこと 思い出してね… Remember me
いや、私を忘れないで Forget me not なんだろう…


ユキヒロが逝った その1月すえには、マコちゃんも逝ってしまったね。

シナロケ(シーナ&ロケッツ)を世間に知らしめることになったアルバム『真空パック』をバックアップしたのは、ぱるおみ君(細野晴臣)とYMO。
そのシーナは2015年に、そしてマコちゃん(鮎川誠)は、すい臓がんで2023年1月29日に永眠。享年74歳。
下北で会った鮎川ファミリー。
マコちゃんはかっこよかったけど、荷物を負い双子の子どもの手を引いてたのはシーナだったよね。
縦のものを横にもしないであろう、九州男児を支えた奥さんが透けて見えた瞬間だった。


YMO散開の際に作られた映像作品。
幼馴染と行った「YMO PROPAGANDA」
もう遠い記憶過ぎてほとんど憶えていないのだけど、
スクリーンの山口小夜子が妖しく美しく……

80年代、たまたま行ったパルコで後光を纏ってあちらから歩いてくる実物の彼女を見れたのは奇跡だった。
そんな山口小夜子も2007年に57才で逝ってしまったね。


大輪の花が美しく開いて、夕方には閉じてしまう。
また、ひとつ歴史が閉じてしまった。

ぽかり と大きな空虚
私たちの青春の日々 思ひ出

つづく
posted by メイ・シオン at 01:57 | Comment(0) | TrackBack(0) | D.Bowie&music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

サヨナラ ユキヒロ そして教授 1

DSC_1810.JPG

それはいつも突然だ

David Bowieの時は、まるでお膳立てされたストーリーのようで衝撃的すぎて…
お得意のエイプリルフール的なニュースじゃないの…?
というありえないシチュエーションが頭をかすめ、妙に落ち着いていたのを覚えている。

しかし、どのお別れもそれは突然やってくる。

えっ!ウソ………

ちぎれるほど 手をふる君
ボクは眩しくて 目を伏せる
こんなに いい天気に
君にサヨナラ…

……

ちぎれるほど 手をふる君
ボクはきっと 大丈夫
悲しいほど 明るいなかで
君にサヨナラ

明るいサヨナラ


2023年1月11日
脳腫瘍により併発した誤嚥性肺炎のため、ユキヒロ(高橋幸宏)永眠。享年70歳。

YMOのユキヒロが逝ったのは、D.Bowieの命日の翌日だった。
母が早くに他界した彼は、その後、ウツに陥ったという話を聞いたことがある。
当時は、ウツがそんなにもポピュラーな病気ではなくて、
それでも、かなり重度で苦しんだと本人の手記だったかに書かれていた。
見た目通りの繊細さなのだろうな…と、その頃はぼんやりと思っていた。

私の頭に甦る「サヨナラ」

アスファルトの道から ゆらゆらと揺らめくかげろう
紗の着物に日傘 うなじからこぼれた髪

坂の上から ちぎれるほど手をふる君
逆光の君は眩しくて まぶしくて…
その顔がどんなか もう見えない

蝉の声がまとわりついて 軽いめまい…
こんなに いい天気に 君にサヨナラとは
その顔が どんなか もう思い出せない

頬を伝う涙で 目が覚める
悲しいほど 明るいなかで 君にサヨナラした 
ボクはきっと 大丈夫


母には会えたろうか…

つづく
posted by メイ・シオン at 00:43 | Comment(0) | TrackBack(0) | D.Bowie&music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年03月28日

映画『ムーンエイジ・デイドリーム』デヴィッド・ボウイ

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https://dbmd.jp/

映画公式webでは「開始3分で号泣」とコメントした"ボウイの痛いファン"と自称するイエモンの吉井氏。
えっそんな映画なの…?

泣いた。3分で。

いや3分かからなかったかもしれない。

私は吉井氏と感性がとても似ている。
彼ほどクレイジーなボウイファンではないけれど…
ボウイが死んだニュースが流れてから、X JAPANのhideファンの後追い自殺の気持ちがわかったような気がした。
いつかくるだろう…と覚悟はしていたものの、それくらい喪失感に襲われ、
今でも、時おり恐ろしいほどの虚無を感じる。

吉井氏を知ったのは、30年位前か…
デビューした彼らのスタッフであった幼馴染からもらったハガキ。
「デビューしたイエモンをよろしくね」とのご挨拶のPRだった。
その時は、彼らがボウイファンだったことなど知る由もなく。。。

その後、既に音楽シーンに疎かった私は、ボウイの『HOURS…』(1999年)のライナーで吉井氏がボウイ信者であることを知る。

「泣いた」

吉井氏がライナーで書いたその一言で、この人のフリークぶりが理解できた。

80年から断続的に追いかけてきたボウイ。
この頃は『ロウ』が一番で、いわゆるベルリン3部作は評価してもグラム時代のボウイは聞かなかった。

ボウイフリークは世界的な成功を収めた『レッツダンス』で戸惑い落胆し、
その後、離れてしまうファンもいた。
私もぼんやりと音楽そのものと、彼の音楽から離れていった。

それでも、たまに聞く新盤のニュースに淡い期待を持って、なんとなく追いかけて買ったりしていた。
そんな中で、ボウイが迷宮から抜け出したのを感じたのが『HOURS…』のアルバムだった。

そう、ずっと待っていたんだ。
私的アルバムと言われるこれを。

「泣いた」

ああ、これだ。
吉井氏のライナー通り「泣いた」
ずっと忘れないで追いかけていたのは、この瞬間のためだったのだろう。

アイコンとしてのボウイはムービー内で観ていられる。
けれど、ただのミュージシャンとしての仕事人の顔が映り、
ふと気の抜けた David Robert Haywood Jonesの顔を覗かせたとき、
もう二度とこの人に巡り会うことはないことを突き付けられ…
ポロポロと泣けてくるのだった。

イマンと出会い人並みの幸せを掴んだボウイは、異星人から人間に戻っていった。
この時、すでに人として普通に亡くなることができるパスポートを手に入れたのだと思った。

ムービー中、かなりな時間スペースボーイが2度使われていたり、
『HOURS…』や『Rialty』に全く触れられていないのはちょっと違和感。

一方であの酒の日本のCMが使われているのは意外だった。
よく会社がOK出したなって。

ムーンエイジ・デイドリーム.jpg
posted by メイ・シオン at 06:43 | Comment(0) | TrackBack(0) | D.Bowie&music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月24日

2017.12.23 渋谷La.mama

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彼女の想いを一緒に見届けてきた。
やっぱり泣いた。
ほんとは一緒に見てあげれば良かった。

HYSTERIC SUZIES
メンバーのみなさまステキなライブを、
本当にありがとう。
心に沁みました。

posted by メイ・シオン at 01:54 | Comment(0) | D.Bowie&music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月12日

イエモン東京ドーム SUPER BIG EGG 2017 追悼と再生

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2017年12月10日
イエモンの東京ドームに行った。
私にとってイエモンは、幼なじみの置きみやげである。

THE YELLOW MONKEYを世に出した縁の下の力持ちの一人であった彼女は、
半年前にこの世の幕をおろした。

94年くらいだったと思う。
彼女から「THE YELLOW MONKEYをよろしく」とPRの年賀状が届いた。
この時、既にイエモンは世の中に知られている存在だった。

私のこの頃の認識では、グラム系バンドであり、
そっち系の音は特に興味を抱けなかった。
David Bowie好きなのに、昔はグラム系の頃が受け容れられなかったのと同様に。

ベルリン3部作あたりが好みだった私にとって、
もう2度とあの作品を作ったDavid Bowieには会えないのだろう…と、
半ばあきらめながらも「ブラック・タイ・ホワイト・ノイズ」を、
「アウトサイド」をと追いかけてみたが、回復の兆しを見つけられず、
悲しい月日は過ぎて行った。

どこかで目にした「アワーズ…」の記事で、もう一度買ってみようかと。
Bowieの復活を確信したこのアルバムのライナーに吉井氏がいた。

「泣いた」

この一言で、彼が心底、熱狂的信者であることがわかった。
私もこれを待っていたのだ。
まさに「泣いた」アルバムだった。

あぁ、同じ感動を持ち合わせているファンがここにいる。

彼らがBowie信奉者であることは、Bowieファンにとって知られている。
その一つがザ・スパイダース・フロム・マーズと共に共演したエピソードだ。
イエモンに特別興味がなかった私でさえ「この人たちは本当にジギー好きなんだな」と。

「アースリング」、「アワーズ…」、「ヒーザン」、「リアリティ」と、
完全復活を経たボウイは、2004年、ワールドツアーで武道館にやってくる。
DB熱をすっかり再燃させたものの、彼はツアー途中に倒れてしまう。
それからというもの、あまりの音沙汰なしに、知らぬ間に重病なのでは…
と囁かれる中、2013年の誕生日に突然新作をリリースしホッと胸をなでおろした。

Bowieは、彼の誕生日である2016年1月8日に最後となるアルバム、
「★(Blackstar)」をリリース。
同日、イエモンが再集結とツアーを発表した。
瞬時に、この日を意図していたに違いないと思ったのは私だけではないと思う。
しかし、この2日後に耳を疑うニュースとともに地獄に突き落とされてしまう。

「David Bowie肝ガンにより死去」

サプライズ好きなBowieのウソではないかと…
頭が真っ白なこの時期、私は、様々なBowieニュースをwebで探りながら、
吉井氏のコメントを探した。
再始動で高揚していたであろうイエモンのメンバーはどんな思いだったろうか。

Bowie愛というだけで繋がっていたイエモンのPVを目にしたり、
楽曲を耳にすると、所々にリスペクトされた残り香を感じていた。
今回の演出でもNo Planを思わせるものがあったけど…

Bowie関連の日本独自のアニバーサリーがあったのなら、彼らを抜きにしてあり得ない。
そう思っていた私は、ある時、友人である彼女に聞いたことがある。
「小さな小屋でBowieファンによるプロアマ混在のライヴってできないだろうか?」と。
そういうイベントに吉井氏を抜きに語れないものだと思ってのことだった。
彼女は、そういうのは無理だと思うと。

「もし、あるとしたらBowieが死んだ時とかかな」と続けた私の言葉通り、
吉井氏は、2017年2月、Bowieのトリビュートライブでジギー・スターダストを歌うこととなる。
小さな小屋ではないし日本独自でもなかったけれど。
あの時のジギーは、まるで借りてきた猫のようでなんだか逆に悲しかった。
このライブを一緒に行けたらと、彼女を誘っていたが実現しなかった。

2017年12月10日
初めて見るイエモンは、私にとっては彼女の追悼ライブだった。
「カラオケ行っても歌う曲がないんだよね。イエモンだけしか。」
そう言ったここにきているだろう彼女のカケラを集めて共に見届けた。

弱気になっている彼女に、やりたいことはないのか訪ねたことがある。
すると彼女はこう言った。
「ライブ設営を見ながら思ったことがある。
ここに関わるたくさんの人の雇用。イベントに集まる人たちの楽しみ。
大きなお金を生み、たくさんの人たちを幸せにする。
それに比べたら自分はちっぽけ。
そんな大きな仕事に関われたことで私はもう十分なんだ。」

あなたの仕事の結晶がここにあるんだね。

あなたの好きな曲はやったろうか?
演出もパフォーマンスも素晴らしかったよね?
出棺の曲で今回は鼻水かまなかったよ。
3分の1は泣いてたけど許せ。

ライブのMCでは、90年のデビッド・ボウイ東京ドームの話題を持ち出し、
自分たちが2度もドームでやれるとは…と感慨深げに語り、
公演後の送りだしにジギー・スターダストの選曲とは…
そのボウイ愛に、また

泣いた

そして、彼らの再生はこれから始まる

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2017年04月02日

私と音楽とDavid Bowie

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David Bowieファン歴37年
来週は、おそらく最後になるDAVID BOWIE isに出かけます。

私が子供の頃、父が楽士やっていました。
楽士って…(笑) トランペット奏者。

当時、夜中(といっても22時頃)に酔って帰ってきた父がジャズのレコードを大音量でかけて、母がキレてるようなお家でして、耳にタコができるほど父の好きな音楽を聞かされてましたね。

音楽は父の生業であって自分にとってさほど重要なものではありませんでした。
だから未だに楽器のひとつもできません。
けれど、子ども時代の吸収力というのはスゴいもので、リズムや音程は園児の頃のほうが良かったし、そういう環境にあったため耳は肥えて身体に沁みついていたのだと思います。

当時、音楽教室でオルガンを習う子がたくさんいました。
幼稚園の音楽発表に園児がカッコーワルツを演奏するのですが、私は当時ぜんそくで休んでばかりいる園児でしたので、知らない間にパートが決まっていました。何のパートだったか…記憶にないのですが。

大太鼓のパートを受け持つ園児は一人。先生たちは誰にするか試行錯誤していたようでしたが、誰も彼もきちんとリズム通りに叩けないのです。
何で?
オルガン教室に行っているような子たちが誰一人できずに、私は結構イライラしてました。
リズムに乗れないことが理解できなかったからです。

その後、どうしてそうなったのかはわからないのですが、影の薄い私が選ばれました。
大太鼓で姿が見えないくらいちびっ子だった私が嬉々として演奏していたのを、ビデオに撮れなかったと大人になっても父が嘆いていました。
当時の私にとって太鼓のリズムなど雑作もないことでした。

小学校に入ってみんなで歌を歌うとき、無意識にいつも片足でリズムを取っていました。
それをみていた隣の男の子が「かっこつけるんじゃねえよ」と言ってきたのです。
?
その時も全く理解できずに…でも、勝手に動いていた足を意識的にやめることにしました。
今では考えられないくらい引っ込み思案で臆病な子どもでしたから。

当時は、歌謡曲全盛期の時代。
天地真理、麻丘めぐみ、南沙織…そういった女性アイドルがもてはやされる中、私が密かに好きだったのは、青江美奈とか奥村チヨといった大人の歌手でした。
そういう人たちの方が表現力があって上手かったからです。
でも、人と違うと何をされるかわからないと学習していた子どもだった私は、麻丘めぐみのファンということにしていました。なぜ麻丘めぐみだったのかは、兄弟や従妹と誰ともバッティングしなかったからだと記憶しています。

フィンガー5が出てきたのはそんな頃で、当時の子どもたちは熱狂しました。
私もその中の一人でしたが、アイドルだからというよりも子どもなのに上手かったからでした。
なのでピンクレディにはハマりませんでした(笑)

中学生になって5教科は成績が取れず、体育、音楽、美術で点数を稼ぐ勉強嫌いによくあるタイプでしたが、
合唱コンクールでソロソプラノをしたおかげで成績が上がり高校受験に有利になり、父の生業のおかげだったと今では思っています。

お年頃になって好きになったのは邦楽よりも洋楽。
Bowie熱のきっかけは、耽美派少女マガジン「June」だったと思います。

姉の影響と一緒に同人誌をやってた幼馴染の影響で、Bowie、JAPAN、YMO、Eno、バウハウスなんかにハマってました。

冒頭でバウハウスが出てくる「ハンガー」は映画館で絶叫しました。(迷惑…)

豚を抱えたBowieが見たくて「ジャスト・ア・ジゴロ」に行き、教授も出ている「戦メリ」はもちろんBowieが出ているだけで「クリスチーネ・F」や「最後の誘惑」も見逃さず。

当時は、レンタルやでレコードをカセットにコピーするのが常でしたので、次々とライブラリーが増えて行きました。

中でも好きなアルバムは「LOW」
ベルリン3部作が好きだったので、サイケなジギー時代は当時受け入れられませんでした。
男が美しくて評価される…そういうバブルな青春時代でしたのでね。
地球に落ちてきた男のフィルムでは、この上なく美しい…本当に宇宙人のようでした。

Bowieは、その時々で色んなキャラを持っていたので、どこ時代にハマったのかでファンの層は多彩です。
世界的なヒットになったレッツ・ダンスから、ファンとしてはちょっとトーンダウンしたものの、ヒット曲演奏が最後になるとウソぶいたBowieに惑わされ、東京ドームに行った一人です。

初日は彼のコンディションのために酷いライヴでアンコールもなく「行くんじゃなかった…」と愕然としたのを覚えています。

年と共に音楽を聞くことも無くなった頃でも、唯一新譜を買い続けていたのが Bowie。
そして高額にもかかわらず写真集も購入してました。
Webも無く情報が少なかった頃でも、ちょこちょこBowieの新情報を目にしていたのがなぜなのか、嗅覚としかいいようがないくらい。

久々に出したアルバム「ブラック・タイ・ホワイト・ノイズ(Black Tie White Noise)」で、いやいや、違うだろう…と悲しくなり、私的なウェディングアルバムだったんじゃないか…と、自分に言い聞かせました。
次こそは、と「アウトサイド(outside)」に手を出したものの、そこもまだ機が熟しておらず。

そしてREALITY TOURでずっとこの人追っかけてて良かった(涙 とBowie熱が再燃するのです。
たぶん多くのファンがそうだったように。

このRealityを含めたそれ以前の3つのアルバムは、REALITY TOUR前に急いで買い集めた記憶があります。
アースリング Earthling、アワーズ… 'hours...' 、ヒーザン heathen

中でもサーズデイズ・チャイルドThursday's Childは泣けました。
https://www.youtube.com/watch?v=u4DzdUEiyL8
Monday Tuesday Wednesday born I was Thursday's child
私もまさしく木曜生まれの子どもでしたから、なおのこと。

東京ドームでのトラウマから少しの不安を抱えつつ、REALITY TOURに行った私は狂喜しました。
だって予想以上のライヴでしたから。
ライヴ中、私は彼の年齢からもう次はないかもしれないと、彼の一挙手一投足を逃さずいようと、ずっとオペラグラスから目を離しませんでした。(ド近眼なのでなおのこと…)
すると中盤、彼がこちらの客席に向かって望遠鏡を手で作り、指をさしたのです。

えっ! 私か? そんなわけないけど…(笑)
なんだか、そんな風に見てないでちゃんとライヴを音楽を楽しめよと言われているように思えて、そんな自分をちょっと恥じていましたね。

彼のステージは、昔のように派手に作り込まれたものではなく、望まれた歌を、今、ここにいる人たちと共に楽しむライヴだったように思います。

そして彼の歌を聞きながら思いました。

あぁ、彼はひとりの人間に戻れたのだと。

彼はアーティストとして成功を収めましたが、常に時代と共に変化するカメレオンとしての、DAVID BOWIEが付いて回りました。

始まりはジキーでしたが、そのキャラクターとの決別は、次なるキャラクターを生む苦しみが常に付きまとったのではないかと思います。
表現者として違う自分になることで、David Robert Haywood Jonesを覆い隠す日々に終止符を打てたのは、妻イマンの存在だったのではないかと。

もちろん表現者としてのDavid Bowieが彼の中にいなくなったわけではなく、違うキャラクターを演じる必要がなくなったのだと。

それまでのDavid Bowieは、本当に宇宙人であり、きっとそのままでは、老いることも死ぬことも許されないような業を抱えていたように思います。

こんなにも人間に戻れたDavid Bowieに会えたことだけでも、REALITY TOURに行った甲斐があったというもの。
この2004年から、またBowieの追っかけ行動が始まったのでした。

つづく
posted by メイ・シオン at 01:48 | Comment(0) | TrackBack(0) | D.Bowie&music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月11日

なんとムービーが…DAVID BOWIE by MICK ROCK

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ワシントン州に住む幼馴染に英国経由で買って贈ってもらった、
誕生日プレゼントのBlackstarのTシャツ着て、
金曜仕事終わりにDAVID BOWIE by MICK ROCKに行ってきました。
入場料500円でバッチもらえます。

今年は、彼を追いかける時間に糸目をつけてません。
というか、もう二度とないだろうと焦るような思いで巡っています。

MICK ROCKの作品も、既に色んなとこで目にしてる写真だろうな…
なんて思いながらそれでも行ったのです。
DAVIDに埋もれるためにね。

しかし、その思いは良い意味で裏切られました。
なんと、2002年MICK ROCKのスタジオでの撮影シーンムービーが、
世界で初めて公開されていたのです。

ああ、動いてる。笑ってる。
フォトジェニックの彼の表情がクルクルと変わります。
ニューヨーク住んで歯の矯正してからは笑顔も冴えてます。

そして何よりこのスクリーンの中では生きてる。

また泣きそうになってました。

残念なことに、会場に着いたのか閉館の40分前。
このムービーは60分。
全ては見られず(T_T)

MICK、このムービーのDVDおまけつけて近年の写真集とともに売り出してもらえないかな。
ムービーの版権とかで難しいか…

今回、展示と販売もされている写真の載っている、
2015年9月に出版されたジギー時代の写真集
「The Rise of David Bowie 1972-1973 (with David Bowie)」のサンプルが2冊。

その順番待ちをしている間に閉館時間に…
でもね、それを待っていた他のお姉さんとともに最後の客となって、
しっかり全ページ見てきましたよ。

同じくBowieの写真で有名な鋤田氏の写真集はとても手が出る値段でなかったけど、
10,584円だったら買えるかもね…

まだ若いあどけなさも残るDavidの寝顔の写真は初めてみた。
どんだけ出費するんだ今年…(/ω\)
うん、もう一度考えよう。

あと2回は、David Bowie IS行きたいし。

会期は2/13まで。
VACANT (東京都渋谷区神宮前 3-20-13)
入場料 : \500 (バッジ付き)
http://www.vacant.vc/davidbowiebymickrock

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2013年05月17日

ソユーズからのSpace Oddity

感動です。
本物のアストロノートによるSpace Oddity こんな時が来るなんて思いもしなかった。


カナダ人宇宙飛行士クリス・ハドフィールド版の歌詞はこちら
http://maash.jp/archives/21355

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2013年03月22日

DAVID BOWIE CAFEに行きました

TS3Y0350.jpg赤ん坊連れたアラサー親子、いかにもロック系の女子、
扇子片手の海老蔵そっくりさん、30代カップル、
ユニオンジャックTシャツの年齢不肖男、友人同士のアラフォー女子、
白人客、おじちゃん、おばちゃん。
Bowie目当てでやってきたであろう客人達。
かくいう私もその一人。
銀座ソニービル1Fのブリティッシュパブが期間限定で
「DAVID BOWIE CAFE 」になっている「カーディナル」にやってきた。
http://www.sonybuilding.jp/restaurant/cardinal/index.html

TS3Y0341.jpg店内にはジャケットが並び、過去、近年のフォトがそこかしこに。
一番奥の壁には今回リリースのポスターが、デカデカと配置されている。

SonyのTVには、10年ぶりにリリースされたTHE NEXT DAYから
「The Stars (Are Out Tonight)」「Where Are We Now?」のPVと、
Reality Tourのダイジェストが流れ、BGMももちろんBowie。
いつもは雑誌、新聞があるであろうブックスタンドにも、Bowie特集の海外・国内誌が並んでいる。
いつも利用している常連さんは、狭い店内で写真を撮りまくる客にびっくりだったろう。

通された席は、PVの見られる特等席。
デザートとアールグレイをいただきながら、一人ニヤニヤとPVに見入る。
家のPCのYou Tubeでは暗くて見えなかったPVが鮮明に見られる。
ああ、こんなに劣化してない66才がいていいんだろうか…
と、Reality Tourの時も、こんなにカッコイイ57才がいていいんだろうか…と思ったっけ。

TS3Y0343.jpg TS3Y0342.jpg

「Where Are We Now?」を初めて見たとき、ベルリン3部作が一番好きな私としては、
「hours…」のとき同様に泣けた。
「hours…」のライナーでイエモン吉井氏が綴っている気持ちがスゴくわかる。
彼の世界に没頭してしまうと日常生活に支障をきたしてしまうので、
「Thursday's Child」なんか特に聴けない。

Bowieの公式サイトでも全く動きがなくて、公にされてないだけで、
ひっそりと死んでしまったのではないか? と思うこともしばしばあった。

誰もが知らなかった。その時が来るのを。
誰もが待っていた。その時が来るのを。

DB20130321.jpg今回の新譜のコピーは、彼を愛する全ての人の心を言い得ている。
「新作の予約受付開始後24時間でiTunes Storeのトップアルバムチャートで1位」
とか、「20年ぶり全英1位」とか「オリコン歴代最年長TOP10入り」とか。
本当にみんな待ってたんだよね。

発表によるとツアーは無いらしいけれど…
コロコロ気が変わる気まぐれな彼に期待しよう。

好評につき「DAVID BOWIE CAFE 」は、3月末日まで会期延長らしい。
http://www.davidbowie.jp/

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2012年09月03日

鋤田正義写真展「きれい」に行ったのです

今日もまた一つアロマスクールの講座が終わりました。
これで連続の生徒さんたちの講座は一通り終了。
テストもなかなかの出来でしたし、あとは本番を頑張っていただくのみです。

001.jpg仕事終わりがいつもより早かったので、予定していた写真展に向かいました。
鋤田正義展 SOUND&VISION
http://syabi.com/contents/exhibition/index-1651.html
恵比寿ガーデンプレイスまで着くと、
なんと今日は写真美術館が休館! Σ( ̄ロ ̄lll)
用意周到な私としたことが…とんだ失態。。。

渋谷にとって返して、ハシゴする予定だった渋谷パルコの写真展へ。
鋤田正義写真展「きれい」
http://www.parco-art.com/web/museum/exhibition.php?id=505
こちらは無事見られてガラすき。もう夏休みでもないしね。
しかもパルコカードでチケット半額。
さっきの恵比寿までの無駄足分は取り返せたかな。

70〜80年代の写真がずらり。
デビシル(Japan David Sylvian)も凄いきれいだし、戸川純とか、
YMOの面々、細野ぱるおみくんとか、幸宏とか、教授とか…
イーノにイギーポップ、ジュリー…
もちろんね、David Bowieを見に行ったわけですよ。
20120903_2.jpg 20120903_1.jpg

だけど…
シーナ&ロケットのマコちゃん若っ! とか、
清志郎とか、戸川純とか…
で、ポリスの前に来たら、なんだかえらい涙出そうになった。
なんというか…
あっ、こんなに時間が経っているんだな〜って。

そして、もう既に亡くなっている人もいっぱいいるけれど、
この写真の中では、この瞬間に生きている。
永遠にこの中で生き続けるんだよな…
と思ったら、本当に黄昏てきた。

青春時代に憧れた、お兄さんお姉さん世代のスター達。
彼らも今は若年シニア世代なわけで。
自分のことはさておき、彼らが老いていくことが何とも悲しく、
そして、現役で頑張っていると、あ〜すごいなぁ〜と勇気づけられ、
これが彼らを見る最後になるかもしれない…
と、たまの露出やライブを見るたびに、そんなことを思ってしまうのでした。

ところで完全に隠遁生活に入ってる、Davidは今なにしてんだろか…
001 (2).jpg
鋤田正義サウンドアンドヴィジョンきれい


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2012年06月22日

つい買ってしまうモノ

TS3Y0103.jpgDBモノだとつい買ってしまいます。
この手のものは、そう買わないのですが、
ちょうど載っていたのが、モリッシーだとか、
ディビッド・シルビアンだとか、
ポール・ウェラーだとか…
皆、なんて年を取ったのかしら…
と自分を棚に上げて思ってしまう中年の初夏 哀し…
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2011年06月19日

ジャズライブ in 鎌田区民センター2011

110619_1729~0001.jpg毎年「今年で終わりかもしれない…」とうそぶく父のジャズライブに出かける。
せかだやんジャズバンドとして、区民センターで始めてから12年。
昨年は、メンバーがやたらに減って大変だったけれど、今年は超若手が5人くらい増えていた。

110619_1726~0001.jpg 110619_1725~0001.jpg
平均年齢が40才代くらいに下がったんじゃないだろうか…
ここ数年、見ていて思うのだが、日ごろは忘却力を加速しているおじいちゃんなのに、
この時だけは、どこから見ても普通の人。
まったくボケおじいさんではないのだ。
自分の得意とする所で、緊張度が高い状態だから、脳が活性しているに違いない。
かといって、自分にとってワクワクとする緊張なので、本人としては楽しい脳活性だろう。

110619_1713~0001.jpgこの鎌田区民センターは練習場所に使っている。
そのイベントが年2回あり、温かい時期はこの梅雨時の6月。
喘息の持病がある父にとっては、あまり都合のよろしくない時期。
今日もかなり息切れ状態のラッパであった。
まあ、おじいなので、若い人のような勢いでは鳴らないけれど…
このバンドには、父以外にもサックスの元プロがいる。
このサックスは父よりも先輩なので、年をとっても吹けるのはサックスが有利だ。
110619_1707~0001.jpg
この元プロ二人を見て思うのが、威勢の良さでは若い人と比べられないけれど、
細かな表現のテクニックは、やはりアマとは違うんだよな〜と。
もうそろそろいつ吹けなくなってしまうかもわからないけれど、
ボケ対策のためには、もうちょっと続けていてもらいたい。
そして元気なうちに、ベストコンディションでのライブを撮影し、
葬儀ではそれを使ってさよなら会をしてあげるのがよいのかな…と思ったりして。


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2010年08月15日

日野皓正presents Jazz for Kids(2010)

100818_0051~0001.jpg今年でたぶん最後の鑑賞となる姪のバンド Dream Jazz Bandのライブに行った。
2009年の様子はこちら
http://maysion.seesaa.net/article/125848109.html
2008年の様子はこちら
http://maysion.seesaa.net/article/104969434.html
このライブは、世田谷区が主催する中学生向けのワークショップで、日野皓正氏をはじめとする、バンド関係者が先生として指導している。
ワークショップは6年目となり、卒業生もバンドを続けられるシステムが整っており、一期生はすでに大学生になっている。
姪は1年生から参加して今年が最後となる。
毎年毎年、顔ぶれが変わるのだが、着実に上手くなっている。
バンドはメンバーが多くなればなるほど、リズムが合わないと聞けない状態になるが、今年はモタつく感じがなく、ソロができる子がかなり増えていた。
特にラッパの子たちは上手い子が多く、音もかなり出ていた。
たいこも個性的な子が多く、楽しませるライブであった。
このバンドの見せ場は何といってもアンコール時のアドリブ。
楽譜通りでない、まさに音楽。音を楽しむを体現させる。
毎年思うのだが…
ここでは撮影禁止になっているけれど、この映像が外に出たら、
間違いなくチャレンジしたくなる子供達が大勢いるだろうと思う。
学校教育では到底、体現できないようなことがここにはある。
ダイジェスト版でいいから、外に出して流せばいいのになぁ…

枠から飛び出したい子どもたちにとっては、この上なく楽しいだろう。
でも、小学生に毛が生えたような子が、いっちょ前にパフォーマンスする姿は、何となく笑っちゃう。
私の席からは、たいこがちょうど見えない位置だった。
奏者をどんどん替えながらのアンコール時に、たいこ(ドラムス)を次々替えるシーンで「うわ〜っ!この子むちゃくちゃ上手いなー」と思って身を乗り出して見たら先生(プロ)だった(笑

今年で最後かと思うとちょっぴり残念。
来週、彼らは、すみだストリートJAZZフェスティバルに参加する。
http://sumida-jazz.jp/index.html
2010/8/22(日)13:20〜 Dream Jazz Band(錦糸公園 錦糸町駅北口3分)
15:30〜 DJBplus+、Jazz90s(すみだパークスタジオ倉 錦糸町駅北口15分)
18:00〜 日野皓正 Band(錦糸公園 錦糸町駅北口3分)

日野先生の秘蔵っ子、日野チルドレン(古いか…)の活躍を見たかったらどうぞお出かけください。
全会場無料です!

あ…すみだ…のHPで今知ったが、日野氏、うちの親父と同じ誕生日だ!
この日生まれはラッパ好きなの?面白い偶然。
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2010年05月03日

MOON−月に囚われた男

映画に行くのは3年振りかな? 
しかもGWにレジャーなんて…我が家では数えるくらいかな…
ダンカン・ゾウイ・ヘイウッド・ジョーンズ第一回監督作品「MOON−月に囚われた男
ダンカンの父は、ディビッド・ロバート・ジョーンズ。ディビッド・ボウイである。
評判は聞いていたが、新人賞を総なめ作品だとか。
今はごく当たり前な、ハリウッドばりのマンガなCGは一切なし。
70年代SF映画へのオマージュなだけに、近未来なのに…古い(見ればわかるけど)
構想3年、撮影33日間、低予算(500万ドル)でもこんなに良質な映画ができるという象徴のような映画だった。
映画批評のサイトでもかなり評判は良く、D.Bファンの方の総評も「行く価値アリ」の印象だった。
2001年…やブラッド・ベリを彷彿させるストーリー(宇宙人夫は、手塚治虫だと言ってたけれど…)で、SFでは使い古された設定かもしれない。
しかし、普通のSFでは描かない、人間らしい奇妙な心の動きの捉え方が絶妙である。
細かな伏線の演出も、一つ一つ拾って見直してみたい衝動に駆られた。
監督インタビューの中で、この映画は自身の経験からくるものだと語られていた。
インタビュー中の「海の中を漂っているような不安感…」という符号をぴったりと表現していると思った。
97分という今時、短い映画で全く間延びしないし、ムダな所は思い切って削ぎ落とした潔さも感じた。
日常にはない設定でありながら、いつの間にかストーリーの中にぐいぐいと引き込まれていた。
ストーリーって、こういう風に見せるものだよな〜と、もの語りの基本を考えさせられた。
ラストは予想と違ったけれど、この救いが彼の選んだストーリーなのだろう。
ダンカン、親の七光りと揶揄されがちだろうけれど、彼の実力は本物だと思う。これからの作品が楽しみだ。

ちなみに恵比寿ガーデンシネマで観たけれど、GW期間中
大人300円引きのクーポン使って1500円で観れた〜
クーポンは5/9までだよ〜!(水曜サービスデー1000円などもアリ)
www.kadokawa-gardencinema.jp

By おトク情報にスキの無いドケチの女王
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2010年01月28日

Thursday's Child 木曜生まれの子

誕生日を迎えた。
奇しくも今日は生まれた時と同じ木曜日。
私は木曜生まれの子ども。
Thursday's Child なのであった。
David Bowieの「hours…」アルバムに同名曲がある。
この曲はかなり切なくて涙がちょちょギレそうになるけれど、
大好きな曲の一つ。

西洋では、生まれ曜日が干支や星占いのように、
民間伝承されているようで、
マザーグースの詩によると、Thursday's Childは、
Thursday's child has far to go
「遠くへ行く」「遠く旅立つ」「旅に出る」
転じて「幸せ薄い子ども」らしい。

【マザーグースの詩】

Monday's child is fair of face,
Tuesday's child is full of grace,
Wednesday's child is full of woe,
Thursday's child has far to go,
Friday's child is loving and giving,
Saturday's child works hard for his living,
And the child that is born on the Sabbath day
Is bonny and blithe, and good and gay.

月曜生まれの子は、器量がよし
火曜生まれの子は品がよい
水曜生まれの子は苦悩が多い
木曜生まれの子は遠くへ旅立つ
金曜生まれの子は気前がよい
土曜生まれの子はあくせく働く
そして安息日に生まれた子は
かわいくて明るく 親切でほがらか

西洋ではポピュラーな内容のため、
色々な人が「Thursday's Child」を歌っているようで、
バーバラ・リー、ジャズではAbbey Lincolnという人が歌っているそう…

生まれた曜日を調べるにはこちら
http://www.geocities.co.jp/MusicHall/1173/game_youbi.html

ちなみに今調べたら、うちの宇宙人夫もThursday's Child だった
Σ( ̄ロ ̄lll)
posted by メイ・シオン at 12:13 | Comment(4) | TrackBack(0) | D.Bowie&music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月16日

日野皓正presents Jazz for Kids 5th(2009)

090816_1.jpg今年も日野皓正presents Jazz for Kidsコンサートに出かけた。
Jazz for Kidsは、世田谷区主催の中学生が参加できる日野皓正氏を校長に迎えたワークショップのジャズバンドだ。
今年で5周年になるワークショップバンドのDJB(Dream Jazz Band)は、1年生から3年生で編制される。
そして、卒業後もDJB plus+という、DJBをサポートしながらバンドを続けるチームがある。
今回のライブは、メインでもあるDJBとDJB plus+、そしてDJB卒業生の有志によるJAZZ 90s
いつも通りの前座には、日野皓正&QUINTETとバンドの先生たちの面々。
去年に比べると、メンバーは女の子が圧倒的に多い気がした。
DJBに参加する姪は、今年で2年目のメンバーになるが、練習の成果はそこそこ出てるようだ。
昨日の夏は、トランペットの音が出ているという程度だったが、今年は吹いている、音が前に出てきている。来年はもっと出るようになるだろう。
しかし、驚かされるのは、中学生でもバンドとして成立してしまうことだ。
この子たちのクオリティは非常に高いといってよいだろう。
メンバーがたくさんいる事から、ドラムやベース、ピアノ、ギターといったメンバーは交代しながらの演奏となる。
090816_2.jpgこれらの楽器は、ジャズではあまり目立つセクションではない。
そして、ピアノ、ギターは手始めにやる楽器として奏者が多いが、ドラム、ベースというのは子どもにとっては難しいセクションだ。
ピアノの場合、何年も鍵盤をやっている子でなければできないが、ドラムやベースを小学生からやっているというのはめったにいないはずだからだ。
だが、ここの子供達は、ベースやドラムで上手い子が多かったりする。
だから、本来ならジャズで注目しないこのセクションにどうしても目が行く。
全体数でいえば少なめの男の子たちだが、とび抜けて上手いのは男の子の方が多い。
技術もさることながら、ノリが違うのである。この年代の女の子は恥ずかしさが先にたってしまうのか、どこか遠慮がちなのに対して、男の子は、はっちゃけているのだ。
というか、悪ノリするお年頃だったりするわけで…そういう違いも出てくるんだなぁ〜と思った。
面白いのが、ドラムは女の子の方が奏者人数が多く。ピアノは男の子の方が多いこと。
女の子ドラムは、ほとんどの子が非常に無難にこなす。ロックだと女の子ドラムはやはり力不足だけれど、これを見る限りでは、ジャズの方が向いているのかもしれない。
女の子のピアノ奏者は、クラッシックが抜けずに弾いてしまうのに対し、男の子は叩くのでジャズらしいピアノになる。これも興味深い。
5周年になったバンドは、卒業生がもう大学生19歳になる。
目まぐるしくあっという間に成長するこの時期に、このようなバンド活動をするというのは、後々の人生に影響を与えるだろうことは確かだと思う。
学校の先生とも塾や習い事の先生とも違う、クセのあるアーティストの大人と接するというのも、自由すぎて閉塞感が強い現代っ子には、良い刺激となるのではないかと思う。
付け加えておくと、棒振り(コンダクター)が違うと、演奏の差が顕著であること。
中学生バンドのDJBには、必ず先生が棒振りするのだが、砧中卒のトロンボーンの先生の棒振りの上手いこと。
プロはともかく、アマチュアは必ずリズムが甘くなるので、この差は大きいなと改めて実感した。
posted by メイ・シオン at 00:00 | Comment(10) | TrackBack(0) | D.Bowie&music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月20日

サイモン&ガーファンクル2009武道館

090715_1844~0001.jpg先日、これが最初で最後であろうサイモン&ガーファンクルのライブに出かけた。
夫のお誘いで夫持ちだったが、さすがに2万のチケットは悩んだ。
しかし、もう二度とないものをケチらなくてよかった。
上手い具合に1Fステージ端だったのでかなり近い。都合が良かったのは、それだけでなく、端でステージが見えない客用のビジョンが近かったこと。
目の前にモニターがあるのなんて、むちゃくちゃラッキーだ。
おかげで生音を聞きながら、ステージの様子も目に入り、しかもモニターで表情まで鮮明だ。
安いドームか、高いが「音」の武道館か、やっぱり圧倒的に良い音で聞かなければ意味のない、サイモン&ガーファンクルは武道館でアタリであった。
デビューが実に45年前という大御所は、ずいぶんとおじいちゃんになっていて、なぜか一緒に行く事になった夫の会社の社長の奥さんをうならせていた。
「あんなに年とっちゃったんだね…」
そうやって他人の様変わりで、自分の年月を実感する。もう67才だしね…
声だってとっくにピークを過ぎている。あの美しいデュオのままというわけにはいかない。きっとキーも当時より下げているだろう。
それでも彼らが目の前にいて、本人達が歌っているというそれだけでもう充分なのだ。
記憶している限りでは、前の再結成来日は、○○で捕まってお流れになってしまった。(入国不可能…)
だから、今、ここにいる奇跡を、どれだけの人が待ち望んでいたか。
アーティーが両手を広げ歌い終わったその瞬間に、言葉にできない感動を覚えて心の中で叫んでいた。
ここに“やっと”きてくれてありがとう。
年齢層の高いこの武道館がスタンディングオーベーションを迎えた21時、40年前には安いギターで懸命にコピーをしていたであろう、後部席の男性は鼻水をすすっていたようだ。
私は、サイモン&ガーファンクルは詳しくない。一度は生で聞いてみたい人たちという程度だった。
しかし、このデュオがなぜ解散になったのか、彼らのソロを聞いてわかった。
やりたい音の違いがくっきりと浮き彫りになっていたからだ。
アート・ガーファンクルは、あのデュオに代表される美しい音色そのままだが、どこか単調で、何曲も聴くか?と聞かれたら、やはり飽きがくる。
それに対して、ポール・サイモンは、やはりこの年代の人は黒人音楽の影響を受けているのだということを思い出させるJazzyな音なのだ。(フュージョン系というのかな…)
連れてきたバンドメンバーの面子を見れば、その違いがはっきりとわかる。
けれど、各々がソロでやっていたとしたらどうだろう?こんなに売れたろか…?
やはり、彼らが組んだからこそ、数々のヒット曲が出たのではないだろうか…とそんなことを思った。
しかし、クオリティー面では、ポールの方が圧倒的に高かったのに、女性から声がかかるのはアーティーだけというのはどうなんだろう?
むむむ…ここまできても見た目なのか…?
確かに、日本語まじりのMCは愛嬌たっぷりだったけどね。
posted by メイ・シオン at 01:28 | Comment(6) | TrackBack(0) | D.Bowie&music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月08日

彼の誕生日に「地球に落ちてきた男」

10862083_3015776001.jpg1947年1月8日、22:59、彼はLondon Brixtonに生まれた。
彼の名は、David Robert Jhones.
人は彼をDavid Bowieと呼ぶ。

 
62歳になった彼のバースデーに、ファンとしてはD.B Dayとしてずっぽりと彼一色で楽しみたいところだけれど…
悲しいかなお仕事が山積みになっていて、そんな余裕はないわけで…
DB-bed..jpg美しい彼の姿を一目でも見ておこうと「地球に落ちてきた男」のDVDを早回しで観た。それだけでもちょっとの息抜き&至福の時を過ごせたのだけれど。
彼にハマると日常生活が送れなくなるので、できるだけ触らないようにしている。
う〜ん、なんというか…韓流一色に染まった、おっかけみたいな気持ちになってしまうわけで。
人生それだけのために息をしててもいいような錯覚に陥ってしまう。
虚像との暮らし、というのは幸福すぎて悪くないからだ。
しかし、現実を生きなければならないので、またすぐにリアルな生活に戻ってきた。
講座が終わる春までは、おあずけだなぁ…
Happy Birthday D.B
おじいちゃんでもいいからいつまでも長生きしてください。
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2008年12月06日

ヴェルディ応援のDREAM JAZZ BAND

081206_a.jpg東京ヴェルディの試合があった味の素スタジアムに出かけた。 
しかし、サッカーは全然興味がない私。
じゃあ、なぜか行ったのかというと、姪が入っている「DREAM JAZZ BAND」が前座の応援で出るというのでお誘いがあったからだ。

081206_b.jpgこのバンドは以前もブログに載せたけれど、中高生のための世田谷区のワークショップで、日野皓正指導の下に作られたバンドである。
前回は8月に見たけれど、比べると随分とまとまってきたなぁ〜やっぱり子供は吸収が速いんだ。

携帯ムービーで取ると音割れが酷くてカナシイ。
PCにアップすると更に音がぐにゃぐにゃになるんだけど…
なんか上手い方法ってあるのかな…?


最後は姪のソロから…

それで、この後、ヴェルディの試合が始まったのだけれど…
バンドは正面で見たかったから、良い席に着いたが、私たち的には完全にアウェイ。
緑の軍団の中にぽつんと普通の人が座っているのは、明らかに場違い。
ということで、席を移動して観戦することにした。
つづく…




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